白羊宮
第一星・白羊宮。
そこへ飛ぶ往還機は、飛ぶ幽鬼、飛幽がそもそも出にくい宙域であることもあり、翼を装着した護衛の星追2人と、非常に薄かった。
そもそもこの往還機、相当な高速で飛ぶので、白羊宮本体に近付くまで、護衛の仕事はない。エレベーターからはるか遠くに点のように見える白羊宮まで射出し、軌道を修正して着弾するのである。
この人員輸送方法は、白羊宮の拠点に向かって、奈落のヴォイドフロントから補給物資を投げつける方法と全く同一。黒道十三星はそろって全星陰力が強いので、途中から同力反発を利用して減速したり加速したり出来る。よってこんな雑な方法でも大して問題が無いのである。
違いがあるとすれば、人間が乗り込んでいるので、飛幽が群がってくることだが、それも最もヴォイドフロントに近く到達しやすい白羊宮のことである。
出る数が少ないし、出ても弱い。本気で弱い。スラスターの魔炎が掠っただけで死ぬ。さてこんな未知と脅威を求めるジャンキー星追には完全不向きの白羊宮だからこそ、私達のような2年目の超初心者学生でも安全に入って出られるのである。
というわけで私達はヴォイドフロントの黎方上空にある、エレベーターまでやってきている。10km以上あるケーブルがここまでつながっている光景は壮観で、さらにその下、地上をプラットフォームが隙間なく埋め尽くし、黒と灰色の迷宮を作り出している様子は更になんというか......ある方向に卓越している。
多分300年前とかであれば、魔力利用の浮遊装置もなく、刑務所みたいな六角の壁形で囲われた採掘拠点がぽつぽつと広がっているだけだったのだろうが、今や危険な地上と奈落の底を避け、中空にプラットフォームが群がり、時折柱や高い塔が現れて、地形に完全人工の起伏を生み出している。
このエレベーターに来るのは実は初めてではなく、以前も同じ白羊宮に行く実習で来たのだが、その時は太陰が上がっていなかったため奈落の天井は照らされず、この景観を見ることは叶わなかった。
今、太陰の黒い光に照らされた地上は、モノクロームに輝いている。
太陰の晴天に色彩はない。入り込む黒い光は色彩を殺し、代わりに太陰の与える陰影のみが生み出す、明度のみが存在する。
色彩を得るには、人工照明で溢れるプラットフォームの「上層」か、奈落民には滅多にないことだが......地上に出る必要があった。
しかし他にも色彩を得る方法がある。星の中に行けば、太古人類の残した陰力灯が色彩を与えてくれる。ちなみに何で陰力から陽力を使わず光を生み出せるのかは完全に謎である。研究進行中。
全ての雲を突き抜けて聳えるエレベーターに揃ったのは5人。クライン先輩、クラウディア先輩、コルキスくん、私、そしてクライトン教授だ。
結局、他の部員は来なかった、というか会いすらしなかった。残念ながら私の人脈拡大はここで終わりらしい。
しかしこれでも私達は良いチームを作っていると思う。私は荷物持ち兼マップ代わりで若干お荷物だが、他の3人はそれぞれクライン先輩が前衛、サブの前衛でコルキスくん、後衛にクラウディア先輩という配置になっている。学生なので大した魔術もないが、得意不得意はあるので、分業を試してみた感じだ。
各自練習は学院でやってきて、連携も試してみていたが、それでも緊張しているらしい。かくいう私もそう。セーフティネットは最強だけど、ギリギリまで手出しはしないことになっているので、生存を賭けた闘争に、命綱は最低限という認識で正面から突っ込んでいくことになる。
武者震いに襲われたのか、肩が震えているクライン先輩の肩を叩き、クラウディア先輩は、
「ほら、前衛が震えて銃火も白兵戦もできなかったらどうするの。
訓練通りにやるだけよ......対人も対幽鬼もやったことあるでしょ?」
「君はよくそんなに余裕が持てるな。
何しろ、星だぞ?全部敵性環境じゃないか」
「先輩方、そのためにアインがマップしたんじゃないですか」
お、その通りだよコルキスくん。万全とは行かないけど、市井でも情報を集めて回っていた君たち自身の労力の結果でもあるのだ。
大体セーフティネットはある。怪我の可能性は低い。引き締めて進もう。
私は深呼吸した。存外に冷たくて乾燥したエレベーター内の空気が肺を満たし、脳を巡って、気分を鎮めてくれた。
「行こう」
やり取りをものも言わず、ただ巌の様に立ち尽くして聞いていた教授が号令をかけた。
40を回ったくらいの見た目の、地上出身者らしく黒い肌の教授が深い声で呼びかけると、既に収まりつつあった震えは波が引くように消えて行った。
皆覚悟を決めている。色が殺されたヴォイドフロント最上層を横目に、私達はシャトルへ向かった。
―――― ――――
シャトル搭乗も飛行も恙なかった。
対G術式は正常、道中出てくる飛幽は5体にも満たず、シャトルと白羊宮のドッキングも一切の問題なく進行。
端末で白羊宮の既知エリアの地図を参照しつつ、星追志望者がぽつぽつと見かけられる白羊宮の到着ロビーを抜け、元居住区域を通過、モノレール発着に着いた。
白羊宮の様式は閉鎖空間が連なるステーションや航空船舶の典型を踏襲しつつも、何故か曲線的な壁と天井のラインに、白と金の装飾が重なる華美なものだ。
元は贅を尽くしたVIP専用船舶か何かだったのかもしれない。
モノレール発着も優美で、モノレール自体も甲虫のような先頭車両から最後尾まで、隙間なく白と金の配色である。
驚くべきことにこんな神殿建築が科学セクターだろうと整備区域だろうと節操なしに広がっている。どこの誰が宮殿様式で発電施設を作ろうと思うのか心底謎である。
さて、白羊宮のみならず星の多くは大規模なステーションで、移動の利便性のためにモノレールやエレベーターが遺されていることが多い。
太古人類の技術と言うのは異常に発展していたらしく、何百年経ったんだかわからない今ですら、動力供給を再開すれば正常に稼働するのである。
そういうわけで外に広がる半真空からの護りを太古人類の化学に依存して、私達は科学セクター方面へ向かった。
モノレールの滑り出しは非常に滑らかである。内部の振動も殆どなかった。
何なんだろう太古人類って、パラダイムが異なり過ぎていて、同一人種と思えないのだが。
「ここ、やっぱり華美すぎない?
これだけ年月経ってるはずなのに塵一つないのもやっぱり変だしなあ......」
奢侈が過ぎる様式の白羊宮に気後れしたのか、コルキスくんがポリポリと頭を掻く。
「太古人類技術で言うところの構造因子ね。特定の建築様式と役割を認識して、材料が存在する限り勝手に自己保全と増殖を続ける、建材で出来た生物とも言える自動メンテナンスシステム、どうやら太古人類はこれのファンだったみたい。全星がこの構造因子を元に作られてるわ。
それで今も構造因子が稼働して塵一つない空間を保ってるってわけ」
「ただ建築様式の華美さは太古人類の意図したことではなくて、構造因子に何らかの介入、具体的に言えば太陰側からの操作があったのではないかと言われてますね」
「そうそう......でもそんなうまく行くもんかなって毎度疑問に思うんだよね」
そう返すのはクライン先輩である。
「上手く行かないだろうな」
急にクライトン教授が話に介入してきた。私達は驚きの目で教授を見つめる。
「構造因子を太陰が書き換えて、航空船舶としての体裁を維持したまま建築様式だけ変革するなんて言うのは、雨が押し流してきた金属屑が、偶然問題なく使えるノートPCを組み立てるようなものだ。
ただ有効な説明が無いんだよ、現在。だからトンデモ仮説だとしても、太陰原因説を使ってみるしかない。
あまり太陰原因論に深入りしすぎても迷信的になるから、とりあえず不明、もしかすると太陰介入って程度の説明になってるだけだ。
実際太陰が原因で発生した複雑な構造が徘徊してるわけだから、あながち間違いじゃないと考察する連中との妥協の側面もある」
現在、星にまつわることはあまりにも謎が多い、というか経験則の山みたいな状態だ。ある星追がこれを試して上手く行ったから多分こう、みたいなものが積み重なっている。
そもそもまともな太古言語の資料も少ない中で、星を解析するのは至難の業なのだ。
「なるほどそんな背景があったわけですね。
お、そろそろ着く」
話をしている内にモノレール内に太古言語のアナウンスが流れ始め、モノレールが減速を始めた。
ちなみにこの太古言語なのだが、どうやら複数存在していたらしく、円棒文字A、曲線文字、円棒文字Bなどと名付けられた複数の様式が存在していて、これが解析を更にややこしくしている。
もっと厄介なことに、幽鬼が出現する非除染エリアは文字の表示も歪んでしまい、除染後に構造因子が定期更新を実行するまで、意味を成さない歪んだ線分の集まりみたいになってしまう。
が、この歪んだ文字類であっても実はパターンがあって、色々計算すれば歪みを除去して元の文書が得られるので、それを担当する役が大抵星追の一行には居たりする。今回は私がやる予定である。
白羊宮の科学セクターにやって来た私達は、居住区域のある中央セクターと一切変わらない建築様式に迎えられ、兎も角未探査区域目指して奥へ進み始めた。
マップを展開する。目的地は病棟ロビー近くのエレベーターから行ける、科学セクターのラボ部分だ。
以前に探査を実行した星追の情報によると、「プロジェクトAD261」なる特別計画のための場所だったらしい。
ということで私達はそのプロジェクトAD261に向けてえっちらおっちら歩いて行っている。
太陰は奈落の中底を過ぎ、黎方から少し明方にずれ始めている。
現在は黎明季なので、太陰が出ている時間は比較的短い。払暁季と黎明季どちらが好きかと答えると、まあ私は黎明季だった。単純に、色彩を殺す太陰が長く出ているのは好きではない。
羊頭のシンボルに蛇が絡みついた杖が組み合わさった病院施設ゲートの前で曲がり、エレベーターを目指す。
エレベーターに辿り着くと、操作盤の前に未除染区域を警備するガードがショットガンを構えて立っていた。
「入る場合は許可の提示を」
ヘルメットの下からくぐもった声が響く。
「レスター・クライトンだ。ヴォイドフロントの『学院』生の随伴で来た。
承認番号がこれになる」
ガードは教授が提示した端末情報を見ると、
「許可を確認しました。
登録、星追研修、代表者レスター・クライトン、随伴対象生徒はケイン・クライン、アンジェリカ・クラウディア、バーソロミュー・コルキス、アイネスフィール・リッター・フォン・シュヴァルツフェルト。
探査区域、白羊宮未除染部11。
以上でお間違いないですね?」
「はい」
「では、どうぞ」
そう言ってガードは操作盤にキーカードを差し込み、エレベーターの扉を開いた。
「操作盤の11を押してください。それ以外の階は現在不通です」
「わかりました」
私達5人がエレベーターに乗り込むと、教授が11のボタンを押し、エレベーターは下降し始めた。
「それ以外の階は不通かあ......
状態遷移が悪い時を引いたかなあ」
クライン先輩が少し残念そうに言う。
未除染区域は特徴として、内部の状態が定期的に移り変わるのだが、この状態遷移は結構出鱈目なもので、エレベーターのドアが無かったり、構造物でふさがれていたりする。
未除染区域の環境は気まぐれで出鱈目なのだ。照明だけは生きているのだが、どうしてそれが無事なのかもわからない。話によると、偶に回路が短絡を起こしている場所なんかもあるそうだから、実際は無事ではない、というのが正解だろうか。
「それでは探索開始か。
アインさん、マップを」
「はい、目的はラボ奥のプロジェクトAD261特別研究室への到達ですね。
経路はまず左の階段からです」
こうして私達の探査が始まった。
―――― ――――
初の部での探査だ。以前も白羊宮に来たことはあるし、何なら実習で未除染区域に入ったことだってあるが、高揚感と緊張は段違いだった。加えて予想していなかったことが一つ。
それは......
「なんかここ、幽鬼、多くない!?」
クライン先輩が走ってくる人型の白い金属と生体の混合、走鬼をショットガンのストックで殴りつけて叫ぶ。
「事前情報だと確実にこんな密度になるとは書いてませんでした!
あ、先輩、左にガス管通ってるので気をつけて」
「くそ、まだ対処できるけどちょっときつい!」
弾が当たったそばから、構造因子は壁にめり込んだ弾丸をも利用して壁面を再生していく。
これが曲がりなりにも内外の気圧差が多きく、壁に穴が空くと危険な事態に発展しかねない星内で派手にアクションができる理由だ。何度見ても中々異様な光景である。陰力も陽力も帯びない非生物は問答無用で構造因子に吸収されていくのだ。
それにしても予想の2倍は幽鬼が出てくる。倒れた走鬼に至近距離でヘッドショットをかましながら、クライン先輩が更に叫ぶ。
「撤退する、これ!?
奥行ったらもっと酷くなるかもしれないけど!」
部での初探査だ。まだ弾薬・魔力・体力ともに余裕はある。しかし撤退できるのは余裕があるうちだと言うのも事実だ。
「いや、私は余裕があるわね。クライン、一旦コルキスと位置交換しなさい。
ショットガンで超近接戦だけやってると限界来るのが早くなるわよ」
「了解!」
司令塔であるクラウディア先輩は、彼女自身比較的魔力量が多いのもあって余裕そうだった。
クライン先輩が前線でショットガンをぶっ放して回っていたのを、ARでカバーしていたコルキスくんが交代する。
「CQBが多すぎるなこれ!
コルキスさん、武器変えるか!?」
「いや、ARで十分です!」
そう言ってコルキスくんは走鬼とドローンに制圧射撃を敢行し始めた。
倒れる幽鬼の群れに後衛のクラウディア先輩と、サブウェポンに替えたクライン先輩が止めを刺していく。
AD261特別研究室は目と鼻の先だ。最後の廊下であるここで、ラスボス前のラッシュと言わんばかりに、踊るように階段を下って走鬼が飛んできていた。
しかしその幽鬼の波もようやく尽きて来ていた。前衛二人でクロスファイアを作ることに成功して以降はある程度効率が上がって、8分近く断続的に戦い続けて漸く尽きた。
漸く目的地に入れる。退路は既にクリア済み。
これでAD261に入れば帰るだけだ。
私は全く戦闘していないが、前方から吹き飛んだ幽鬼のパーツと、第一種気化陰元の饐えた匂いは漂ってきて、緊張感は一切抜けなかった。
フラッシュライトを使ってクリアリングしながら、クライン先輩先頭で進む。やがて蛇腹状の結合セクターに差し掛かったところで、
『GHIRRGHAAAAAAAAAAHH!!!」
急に私達の真後ろ、クライトン教授が居た場所で幽鬼の叫び声が響き、反応して振り返った私達の目に、ダクトに引き摺り込まれていく教授の姿が見えた。
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