甜はよくしゃべる


***


「報告いたします。本日甜様を襲撃した賊は朱弥の刺客でした。遺体を解体中、心臓付近から……その……こちらを発見いたしました」


 刺客を処理した男は言いにくそうな声で言いながら、赤い何かを甜に差し出した。出てきたのは1枚の紙。血液で赤黒く染まっているが、焦げた文字で『兎は巣穴に籠ってろ』と書かれていた。

 兎とは甜の見た目を指す。真っ白な白髪に紅い瞳……筋肉のついた長身はとても兎には見えないが、四十国では朱弥のみが甜に対しそう呼んでいた。


「こんな熱い恋文わざわざ届けてくれるなんて、そこまで好かれてとるとは知らんかったわ。」


 甜は紙を一瞥すると溜息をつきながら言った。

 朱弥は組織の名称だ。四十国の中でもかなり力を付けてきており、構成員のほとんどが甜と同じ半人で暴力と力を行使する武力組織。その中でも他人の身体に自由にものを出し入れできる異能持ちを甜は知っていた。


「そんなに俺らのことが気になるのかねぇ。あちらさんから見たら俺らはまだまだひよっこに見えると思てんけど」


「あんたは思っている以上に目立つと思うけど?」


 部屋の壁に腕を組みながら寄りかかっていた女性が言う。赤茶の長髪がさらりと顔にかかる。


「トーコさん」


「甜が来てから何が変わった?ここらの住民はみんなこう言う。甜様――ってね。この国で様付けされる人がどれだけいると思ってるの」


「さぁ、ようさんいるんやないですか」


「尊敬や期待を込めて呼ばれる人なんて限られる。ほんの一握りよ。」


「へぇ面白いですなぁ。僕そんなええ人やないのに」


「……そういうところも含めて危険視されてんのよ」


 透子は眉を潜めながら半分呆れたような声で話を続けた。


「で、それどうするの?」


 朱弥からの恋文を顎で指して問いかけられた甜は透子に微笑んだ。


「僕って僕のことを好いてくれる人には応えたい人間なんですよ。情熱籠った恋文もろたらお返事せな。ほんでまた返事してもろたら嬉しいやんなぁ。なんべんもやり取りしてこそやろ。やり取りがようさん離れとる時間が多ければ多いほど、やっと会えた時の感動も格別や」


 淡々と続ける声の冷たさは想われ人に贈るものではないことだけは確かだ。


「まぁほどほどにしときなさい。あんまりやりすぎると動きにくくなるわよ」


「そりゃ間違いない。何より怒らしたトーコさんが1番怖いやからね。ところでトーコさん、僕なかなかええもん拾ってん」


「迷い込んだばかりの異邦人で名は聖菜です」


 甜は言うと同時に体の前で手をぱんっ!と叩いた。同時に甜の隣に薄い靄がかかり聖菜が現れた――1番驚いているのは聖菜本人のようだが――目を大きく開き当たりをきょろきょろ見回している聖菜を見ても透子は微動だにしない。


「異邦人ね。それは使えるの?何の力もないなら繁殖に回しましょ」


「あーー待った待った、トーコさん勘違いせんといてください。聖菜はもう僕預かりやから。手出し無用ですよ」


 にっこりとほほ笑んだまま甜はトーコに向かってはっきりと伝える。聖菜の登場には反応しなかった透子も、今の言葉には少し動揺を覚えたらしい。組んでいた腕が外れている。


「あんた預かりってその女何者……?」


「トーコさんにだけ特別ですよ?聖菜は浄化系の異能持ちですねん」


「!!」


「僕らに必要な人やから、勝手なことせーへんといてくださいね?」


「そう……ずいぶん良い拾い物をしたのね。ただ私が黙っていてもいずれすぐに知られるわ」


「重要さを理解してくれてるトーコさんなら知られる前にいろいろ準備してくれるかなー思てます」


 なるほどやられた。そんな風に見えるほど透子は嫌そうな表情をする。

 甜は自分のものに手を出されるのを酷く嫌う性質だ。聖菜に何かあれば身内でも関係なく徹底的に潰す。そして聖菜の異能は喉から手が出るほど欲しい。聞いた以上は何があっても奪われるわけにはいかなくなった。


「あんたのそういうところほんっとに嫌い」


 透子は甜を睨みつけると戦いに負けた弱者が逃げるときに言うそれと同じように捨て台詞を吐いて部屋から出ていった。

 気が付けは室内には甜と聖菜の2人のみとなった。


「……あの」


 短い沈黙を破って聖菜が口を開く。


「聞きたいこといっぱい、いっぱいあるんですけど!違う部屋にいたのに一瞬でここにいたこととか、物騒な話とかいろいろ……でも、あの、もしかして私のこと、助けてくれましたか?」


「へぇ。なんでそう思うん?」


「トーコさん?に話してる感じ庇ってくれてるのかなって……。ありがとうございます」


「お気楽志向やな」


「えっ」


「ええと思うで?自分の価値が分からんからこそ純粋でいられるのかもしれへん。それよりさっきの話聞いてたやろ。君に秘められた力――異能持ち呼んどるんやけど――むっっっっっっちゃ珍しいねん。それはもう皆泣いて喜ぶくらい。まぁまだ可能性の話ではあるけど」


「えっと――甜さん。はいっ質問です。私はただの学生なので家に帰りたいです。その異能とかいうのもよく分からないので、とりあえずどうやったら帰れますか?」


「帰れない」


「えっ」


「異邦人は君だけやない。今まで何人もおったけど、自分の国に帰れた異邦人は1人もおらへん。帰れないから全員もれなくここで生きて死んでいく」


「……本気で言ってますか?」


「気になるなら今度街中で異邦人のお友達探してみぃ。運が良かったら話せるかもしれん」


「運がいいって?ほかにも私のような人いるんでしょ」


 しゃあない。憐れな子羊に現実を見せたろ。


「ここでの異邦人は2種類に分かれる。持つ者か持たざる者か。君は運よく持つ者――異能持ちやったわけや。次に持たざる者やった異邦人は性別で価値が変わる。女は価値があり男は価値なし。価値なしの男は自力で生きていくか、捕まって中身売られるか玩具にされて殺されるか。そんな選択肢しかあらへん」


「……持たざる者だった女の人は……?」


「奴隷として売られて繁殖要員として使われることがほとんどやな。化獣と犯らせて半人を産ませる」

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