第4話 嵐のハネムーン

 13階の司令室をエカテリーナに手を引かれ出る。すると廊下には久美子と香苗師匠がいた。思えば廊下もあちこちに壁掛けのディスプレイが貼られており漆黒の宇宙空間が映っている。俺はまるでここが宇宙船のなかにいるかのような錯覚を受ける。


「あ、おわった? 敏志くん」

「香苗師匠、久美子、すまない。事情がいまひとつわかってないんだけど」

「……現在、地球は秘密裏に宇宙文明である銀河帝国と戦争状態にある、ってことなんだよね。理解できないとは思うけれども……」

「そうだな。俺にはよくわからない。実感がまったくない」

「だから、これから別銀河まで敏志には、旅に出てもらおうと思っている」

「いや、まさか将棋の対局を放っておいて、そんなことできるわけないだろう」

「大丈夫だから。説明してもわかってもらえないとおもうけど、敏志くんが旅に出ている間、こちらではほぼ時間は進まないの」

「はぁ?」

「ワープホールで一瞬で時間を超えられることは知っているよね?」

「ゲームの設定ではな」

「その原理の応用なんだよね」

「まぁいいや、とにかく、対局に穴は開けずにすむということなら」

「久美子ちゃんと、敏志くん、それに私もついていく」

「3人で行くのか?」


と、久美子が割って入る。


「よかったね! 敏志さん。……あこがれの香苗師匠と旅にでれて」


久美子の顔色をみると、あまり楽しそうには見えない。張り詰めた表情だ。


「そんなのはないよ。戦争か。俺に実感はわかないけど。二人の真剣さをみて、そうなのかな……って思うぐらいかなぁ」

「敏志司令官……ええと……香苗様と敏志さまは、恋仲なのでしょうか」

「え? まぁ、一方的に俺が好きだった、ってだけ」

「そうだったんですね!」

涙顔だったエカテリーナの顔が曇りない笑顔に変わる

「……あ、まぁ。俺は……子どもつくるとかは考えてなくて、でも。久美子と結婚しろって香苗師匠はいうんだけど」

「敏志司令官……戦場にでる男を待つ女性の心理がわかりますか?」

「んー。それは一体? 突然なに?」

「私も……、久美子さんも香苗さまも、心細さは同じだと思います」

「うん……」

「だから、早いとは思います。でも、言わせてください」

「う、うん」

「私と……。ううん、エカテリーナを敏志司令官の将来のひとにしていただけないでしょうか……」

「将来のひと?」


俺は信じられない。これまでゲーム内の存在だった憧れのキャラクターに求婚されているというのか? いや、確かめよう。


「じゃ、婚約式でもあげようか? なんちゃって?」

と冗談ぽくいった刹那。エカテリーナが俺の手を両手で取った。

「はい、喜んで!」

「あ、あぁ。え、えぇえええ? よ、喜んで?」

「はい。私と私の臣民を命がけで助けようとしていただいている方にわたくしエカテリーナは身も心も、すべてを捧げる……つもり。ううん、そうじゃない。私、不謹慎にも、こう思いました。クーデターが起きて、この地球まで亡命することになって良かったと」


……だめだ。まだピンと来ない。来ないが……。


「わかった、でも俺。久美子をどうすれば……。香苗師匠の意向もあるし」

「大丈夫ですよ!」

「何が?」

「あなたは将来女帝の夫、銀河帝国法が婚姻には適用されます。この地球の日本という国とは違い、男性も女性も好きなだけ伴侶を持てますから……」

……男も、女も! いくらでも結婚できる?

「その、それは一体どういうことなんだろ」

「日本でも、複数人恋人を持つ方がいると聞いています。セフレという言葉を聞いたことがございます。おそらく似たような概念かと」

エカテリーナさん……。たぶん、いや、間違いなく、セフレという言葉を誤解していらっしゃる……。

「そのぉ、いや、それはちょっと。まずいのでは?」

「どこがですか?」

「子どもはどうなるんですか?」

「育てればいいじゃないですか?」

「でも、お父さんとお母さんは……」

「はい、もちろん私と敏志さんになりますよね」

「でも、他にも父と母がいるってことですよね?」

「そうですね、生みの親ではありませんが。なにか? 問題がございますか?」

……ちょっと頭が痛くなってきた。宇宙というものは広いものだ。あたりまえだが、ここ地球の日本の常識など、宇宙で通じるはずもなかったのだが。

「いや、それで君はいいの?」

「もちろん! あ、実感がわかないんですね。きちんとプロポーズさせてください」

「あ、あぁ」


エカテリーナはキリッとした表情になると瞳を俺を刺すように向けた。そして厳粛な雰囲気でいう。


「銀河帝国女帝エカテリーナとして帝国最高司令官敏志に公式に依頼する。これからの生涯をわたくしエカテリーナの伴侶として生が続く限り捧げるように」


「ぇえええ、いや。それはそのぉ」

「どうしたんです? 顔が真っ赤ですよ」

「返事は?」

「それは、そのぉ。よくわからないんですけどぉ」

「じゃ、分かりやすく言います」

「はい……」


エカテリーナは、再びまっすぐな視線で僕を見つめる。そして言った。


「私のセフレになりなさい!」

「は、はい」

……しまった。勢いに押されて返事してしまった。

「す、すいません。やっぱ、今のなしで……」

「敏志さん!」

「なんでしょうか……」

「女帝であるエカテリーナであるわたくし、とあなたのセフレ契約はもう成立しています……」

「セフレ契約……!」

「これが、どういう意味かわかりますか」

「わかりません……」

「それを反故にして、セフレ契約を解消するというなら。あなたを銀河帝国法で裁かなくてはいけなくなってしまいます」

「どうなるのでしょうか……」

「良くて死刑ですね……」

「え?」

「冗談ですよ! 結婚しましょう、敏志さん。 実際のところ正式にセフレ契約を結んだ後で解消されるのであれば、あなたは国辱をおこなった国賊あつかいになりますが、さすがに口頭だけの約束ではそうはなりません」


……婚約解消は、やっぱ死刑なのかよ!


「少し考えてもいいかな?」

「どうぞ、でも返事は早くくださいね?」

「わかった」

「久美子さんと、香苗様ともセフレになっても、わたくし構いませんわよ?」

「……」

くぉおおお、セフレセフレいうなぁああああ。


「えっと、良いかな?」


久美子がおずおずと話しかけてくる。


「なにかな? 久美子は俺のセフレになる気はないよな?」


パンチが飛んでくるの覚悟で言ってみた。もうエカテリーナがセフレという言葉を乱発するもので、この言葉の本来の意味がどっかにいってしまっていた。


「なんだ。敏志さん。ひょっとしてだけど……」

「なんでしょう」

「私ひとりに決めきれなかっただけで、私こと、好きではいてくれたのかしら?」

「う、ううん。違うよ! 俺は単純に茶化しただけだから!」

「ふーん、いいよ。銀河帝国のセフレならなってあげるよ?」

「ま、いいや。そのぉ本題に戻ろうぜ。なんの用なんだよ?」

「いくらなんでも、雰囲気にかける気がするから。あとにする」

「そう……」

「じゃ、旅に出ましょう。というか出ているわ」

「?」

「ここはもうすでに宇宙で、この建物は宇宙船なの。混乱すると思うけど」


ワープ航法で宇宙空間を渡る船に乗るための宇宙港というのが、この建物の隠された秘密だったらしい……。香苗師匠によると、旅の目的は驚くべきことに戦争の行軍を兼ねた新婚旅行だというのだ。なんて無茶苦茶なんだろうか?


 だが、女帝が正式に戴冠式をあげるためにはエカテリーナのいうセフレ、もとい生涯の伴侶が必要だという。だが、戴冠式をあげるための場所はクーデターを起こした反乱軍に制圧されている。俺は、その聖なる星を圧政から救い解放し、その星の大聖堂で結婚式と戴冠式を行うためにエカテリーナとハネムーンの新婚旅行に出るということらしい。もちろんこれは軍事行動でもあると……。作戦名は、聖なる威力新婚旅行、という名前で、コードネームは嵐のハネムーン、というらしい……。


































































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エロゲのヒロインに僕も地球も征服されそうです 蒼山りと @aoyama_rito

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