居酒屋(年末年始)

白川津 中々

◾️

さて、十二月である。

忘年会シーズンに入りカレンダー通りに勤める皆様は浮かれ気分で酒を鯨飲するターンへ移行しているわけだが、彼らが暖簾をくぐる酒場にはもちろん働く方々がいらっしゃるわけである。老若男女が乾杯を交わし肝臓膵臓を苦しめながら酒を飲み下している中、オーダーを作り運ぶ人間がいるのだ。



「あ、ねーちゃん。注文いい?」


「お持ちのスマートフォンでモバイルオーダーおなしゃーす!」


某県、繁華街の一画にて一際賑わう大衆居酒屋"盃一番"。ここで店内を縦横無尽に駆け回る彼女は柏ちもといった。

ちもは週五のアルバイトとフリマサイトで生計を立てているフリーターで、その日暮らしの毎日に危機感を覚えながらも他に道を知らず、「まぁ生きてりゃいいか」と開き直り非正規雇用で生き続けてきた。そんなこんなんで、今年三十。盃一番で働き出してからは八年になる。その八年間、毎年年末年始の繁忙期に必ずしシフトを入れられてしまうため「せめて確認を取ってからにしてほしい(予定はないけれども)」と店主へ文句を述べるのだが、「給料五割増しだから」という条件を飲み渋々出勤するのであった。


こうして、目を回しながら働く中テレビなどで「忘年会シーズンでーす」と間抜け面を晒す連中に殺意を抱き年越しまでを過ごすのが恒例となっていたちもは、来年こそ定職に就くと意気込みながらも結局翌年も同じように過ごしていく。年齢とともに加速していく年月の流れに抗えず、変わらない毎日をつい、三百六十五回繰り返してしまうのだ。


「若い時分に遊びすぎてしまった」


それが最近の口癖である。


ただ、実際そこまで悲観しているわけでも不満があるわけでもない。年末年始、自分が働いているにもかかわらず、やれ暮だ師走だ年の瀬だと騒ぎ立てる世俗が気に入らないだけなのである。


「絶対来年は正社員になりますからね」


店長にそう言いながらちもはホールを走り、滝のように流れるドリンクの自動オーダー票を処理していく。もはや風物詩である。そして、年始も同じように忙しなく働くのだ。


「絶対来年は普通に働く」


声にならない声が盃一番にこだまする。笑顔の裏に黒い呪詛。ちものオペレーションは見事であったが、その裏に深い影が差していることを客は知らない。


年末年始、酒に酔うのはいいが、サービスを提供する側がいるということも、それが同じく人であるということも、忘れてはならない。


「いらっしゃーせ!」


寒空に、ちもの声が、また響く。

皆様、良いお年を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

居酒屋(年末年始) 白川津 中々 @taka1212384

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画