青春と恋のワルツ2

 それからしばらくしてからのとある昼休み、すっかり茉莉争奪戦において勝者となった斎藤さんが来て、お昼行こうと茉莉を連れ出す。


 俺は一人残された教室で弁当を広げ食べようとした時、山岸がやって来た。


「なあ、折田。お前、中西と仲いいよな」


「まあ、悪いわけじゃあない」


「でも別に彼氏ってわけでもないんだろ?」


「……」


 余計なことは言わない。幸い、茉莉が転校早々に俺とは『付き合うのは無理』と明言したおかげでつまらない嫉妬をうけずにはすんだものの、まだ自分にも脈はあると思い込んだ身の程知らずが日々茉莉にアプローチをかけているようだ。


 一見仲がよさそうに見える俺に仲介役を頼もうとする輩は決して少なくはない。そのことを鑑みれば兄妹であることをこんな奴に知られたらどう利用されるかわかったものじゃない。


 山岸はやたらと俺に対し、茉莉のあれこれを聞き出そうとしてくる。当然俺は「そんなことを知っているわけないだろ」と返すのだが、事実何も知らないので教えるも何もない。


 そんなくだらないことに付き合ってしまっていたがために弁当を食うのがすっかり遅れてしまった。


 ようやく人払いをして弁当の蓋を開ける。唐揚げやミニハンバーグのような男子高校生に必要なたんぱく質をしっかり補ったうえで玉子焼きやブロッコリー、ミニトマトなど栄養と色合いをバランスよく兼ね備えた完璧な弁当だ。しかもこれは茉莉の手作りである。


 おそらく何も知らないであろう山岸を遠目に鼻で笑いながら茉莉弁当を口に放りこむ。

 当然非の打ちどころもなくうまいそれに優越感を感じる。いつものような空腹を満たすだけの菓子パンとはわけが違う。せっかくだから時間をかけ、ゆっくりと味を堪能していた。そうこうしているうちに昼食に出ていた茉莉と斎藤さんが帰ってきた。斎藤さんは茉莉の席のところでだべっている。ふと後ろを振り返り俺の弁当を見て、そのまま動きを止める。


 しばらく俺の弁当を見つめ、斎藤さんは俺の耳元でささやいた。


「アンタのお弁当、茉莉と同じおかずだよね」


 俺はそれを無視した。無視するよりほかなかった。

しかしそれは、翌日にはクラスの誰もが知る事実となってしまっているようだった。

誰が言いふらしたかなんてそんなこと考えるまでもない。学校では別々に弁当を食べている俺と茉莉だが、その二人の弁当が同じであることを知っているやつなんて他にいないのだ。


そして、そんな話が校内に知れ渡ってしまっていることに、茉莉自身が気づいていないこともないはずだった。


その日の夜になって、茉莉は俺の部屋にやって来た。


「ねえ、マンガ貸してよ」


 それは茉莉が俺の部屋に入って来る時の常套句だった。ベッドの上で寝転がって漫画を読んでいた俺は「どうぞ」とだけ返事をする。俺の本棚を物色していた茉莉は数冊の漫画を抜き取り、俺の転がっているベッドの縁に座って漫画を読み始めた。


 おそらくその時点で、俺は漫画の内容が頭に入ってこなくなっていたと思う。漫画を読んでいた茉莉もいつしか本を閉じ、背中向きにベッドに倒れ込んでうつ伏せになっている俺の背中に頭を乗せた。


「あーあ、バレちゃってるねー。わたしがアオのお弁当作ってること」


「……そう、みたいだな」


「平気?」


「いろいろと面倒だけどさ、そろそろ言うしかないだろうな。兄妹になるってこと」


「ねー、そのことなんだけどさ」


「なんだよ」


「ひとつ提案があるわけだよ」


「提案?」


「うん。わたしたちが兄妹になるってことをばらすんじゃなくってさー、わたしたち、付き合っているってことにしない?」


「つ、つきあってる?」


「そうだよ。今まではわたしたちが付き合ってるけど秘密にしていただけで、本当は前から付き合っていてお弁当を作っていたっていうことにするの」


「どうしてそんなことに?」


「うーん、実はさ、わたしって結構男子にモテるみたいなのね」


「うん、知ってるよ」


「それでさ、めんどくさい相手からやたらと誘われたりもするわけ。実はさ、美和の好きな人が、どうもわたしに気があるみたいなんだよね。はっきりとは言わないけれど、話していて何となくあーそ―なんだろーなーって思うわけ、そのせいでせっかくできた友達との仲がこじれるの嫌だし」


「わかるよ。そのせいで俺もよく茉莉を紹介してくれって言われる」


「でしょ、だからさ、いっそのことつきあってるってことにするのよ。そうすれば美和の心配もなくなるだろうし、わたしもつまらない相手から誘われなくて済む。それにアオだって面倒な相手の世話なんてしなくて済むでしょ?」


「いや、でもそれには一つだけ問題もある」


「問題? 何かあるかしら?」


「そんなことをしたら、俺に彼女が出来なくなる。茉莉が恋人なんだっていうことになれば、誰かが俺のことを好きになってくれても、彼女持ちだからと敬遠されてしまうだろ?」


「え、それ本気で言ってる? さすがにそんなことはあるわけもないのだから、それは杞憂よね?」


「茉莉、おにいちゃんを殺しに来るんじゃない」


「いいじゃない、おにいちゃんにはわたしがいるんだから」


「そいつはまた、随分な殺し文句じゃないか」


「わたしのためなら、アオは死んだってかまわないでしょ?」


「ああ、かまわないよ。でもさ、茉莉はそれでいいのか? 俺なんかが恋人だと評判

ガタ落ちになるんじゃ?」


「ガタ落ちってことまではないと思うけどな。アオ、いいやつだし。わたしは好きだよ、アオのこと」


「その、好きなんて言われたら、誤解するぞ。俺だって、男なんだ」


「誤解、してくれてもいいよ。あたしおにいちゃんのこと、好きだから」


「はいはい、わかったよ。それじゃあ、そういうことにしといてやるよ」


 背中に感じる、茉莉の後頭部の感触を忘れられない。もしかするとわかっていてやっているのかもしれない。学校の隣の席にいるだけならまだしも、こんなにまで身近にいる茉莉のことを意識しないなんていられるわけがないのだ。

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2024年12月12日 21:00
2024年12月13日 21:00
2024年12月14日 21:00

義妹とその母によるNTRのエチュード 水鏡月 聖 @mikazuki-hiziri

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