スキル『悪役令嬢』で未来を改変する〜予知スキルを持つ婚約者が最悪の結末を教えてくれたので、悪役令嬢のように振る舞うと能力が上昇するスキルでチートになります〜

水面あお

第1話

 燃えている。

 建物が、地面が、空が。

 

 チリチリと火の粉が散る。

 

 ――赤い。

 

 普段は白い校舎と青い空と地に緑が広がる学園が、ひたすらに赤く染まっている。

 

 地面には何人もの人が倒れていた。しかし誰一人として起き上がる素振りを見せない。微塵も動かず、皆一様に制服が赤黒い。

 

 変わり果てた学園。

 

 知っている場所なのに、まるで別世界のようだった。

 

 自らが通う学園の景色とはとても思えなかった。

 

 『この身体』も傷を負っているのか、足を引き摺るようにして歩いている。

 

 ……と前方に人影が立っているのが見えた。

 

 身体がその人影に向けて歩みを進めていく。


 しかし――


 その人影は近付いても昏かった。

 フードを被っているからだと分かった頃には、もう手遅れだった。

 フードを被った謎の人物は左腕を前に突き出しており、手に残る残滓から、何らかの魔法を使ったようだと判る。

 

 その魔法は『この身体』の腹部に命中したようで、右手で押さえている。

 

 早くてほぼ何も見えなかった。それほどまでに強く、彼我の差が感じられた。

 

 やがて痛みに耐えられなくなったのか、『この身体』がその場に蹲る。低くなった視線の先では、先程のフードの人物がこちらを見ている。

 

 ゆっくりと歩き出し、接近してくる。

 

 近距離でも顔はよく見えない。

 ただフードの下の赤い目だけが異常なくらいよく目立っている。

 その赤い目でこちらを射抜くようにじっと見てくる。

 

 視線だけでとてつもない恐怖を掻き立てられる。


 息が苦しくなる。

 呼吸の仕方を忘れそうになる。

 動悸が激しくなり、汗が噴き出そうになる。


 フードを被った人物は左手をそっと前へ持ってきて、『この身体』の頬に添えようとした。

 

 その刹那。


「――――ッ!?」


 彼女、エレノシアの意識は現実に引き戻された。

 

 アンティークな机。そこに置かれたハーブティー。腰掛けている赤いソファ。複雑な模様が編み込まれた絨毯。部屋を照らすシャンデリア。

 ここが現実であることを確かめるように、それらのものを目でなぞる。

 

 あまりにも全てが生々しく映された未来の光景。 

 それが先程まで、エレノシアが視ていたもの。

 

 そう、未来だ。

 

 今見ていたのは、まだ起こっていない出来事なのだ。

 だからこそ、まだ確定していない。

 変えられる可能性を秘めている。


 そっと握られた左手に視線を遣る。

 

 エレノシアのものよりも一回り大きな手。まるで包み込むようにエレノシアの手を優しく握っている。

 

 手の主は隣に座る婚約者、ルダク・トネルド。

 

 侯爵令息で金髪碧眼。柔らかな顔立ちをしているが、今はその顔に困惑が広がっており、眉が下がっている。

 

「エレーア、大丈夫かい……?」


 ルダクが心配げな声色で尋ねてくる。

 エレーアというのはエレノシアの愛称だ。

 本名はエレノシア・エヴァシス。

 火のような赤い髪が特徴の伯爵令嬢である。


「ええ、少し息苦しくなりましたが問題ありませんわ」


 震えを悟られぬよう落ち着いた口調で、エレノシアは彼の問いに答える。

 

 ルダクは未来視のユニークスキルを持っている。

 ユニークスキルとは選ばれし者だけに授けられる特殊な力のことだ。その割合は100人に1人とも言われている。

 だが、ほとんどのユニークスキルは大したことのないものである。有用性のあるスキルを授かる確率となるともっと低い。

 

 魔法とは違い、唯一無二であるため、該当のスキルを持たない者はどれだけ努力しようとそのスキルを使えるようにならない。

 だからエレノシアがいくら奮闘しようとも未来を視るユニークスキルを得ることは出来ない。

 

 ではなぜエレノシアが未来を視ていたのかというと、ルダクが映像を共有してくれたからだ。

 彼は未来視によって未来の自分が見ることになる光景を前もって視ることが出来るが、他者に触れることにより、その映像を共有することが可能である。

 

 ただ、視点はルダクのままで、エレノシア視点の未来がわかるわけではない。

 だから、先ほど視ていたのは未来のルダクが見る景色なのだ。


「それで……どうしたらいいと思う?」


 不安を露わにした様子のルダク。

 何者かによって自分たちが普段通う学園が襲われ、多数の重症者が出る。

 もしかしたら死者もいるかもしれない。

 

 この未来を変えるにはどうしたらいいのか。そもそも変えられるのか。

 

 エレノシアは投げかけられた問いに、しばし悩んでから答えた。


「この情報を有力貴族や教授がたに届けられれば……」


「いや、無理だ。僕程度じゃ聞き入れてもらえない。そもそもまだ起こっていない出来事なんだ。信じてもらえるはずがない」


 ルダクもエレノシアも一介の学生にすぎない。

 信ぴょう性の乏しい彼らの意見など、誰が鵜呑みにするだろうか。

 

 加えて、ルダクの未来視共有は彼が心を許した者にしか使えない。そのため、あの映像を目にしてもらって説得力を生むというのは不可能である。


 エレノシアは考えを巡らせ、一つの案にたどり着いた。

  

「わたくしにとっておきのアイデアがありますわ」


 ルダクが縋るような眼差しを向けてくる。 


「わたくしがユニークスキルの力で最強になり、敵を打ち倒しますわ!」

 

「…………」


 ルダクの目の輝きが落ちたような気がした。

 

「あら? 良いアイデアだと思ったのだけれど……」

 

「スキルってあの悪役令嬢とかいうやつのことか?」

 

「ええ。もちろんですわ」


 実はエレノシアもユニークスキルを所持している。

 その名も悪役令嬢。 

 効果は悪役令嬢のように振る舞うとありとあらゆる能力が上昇するというもの。

 

 しかしエレノシアの性格的に、悪となることに些か拒否感を抱いてしまうため、ほとんど使ったことはない。

 

「エレーア、頼むからやめてくれ……。悪役として振る舞えば、君はあらゆる人たちから敵意を害意を向けられることになるんだ。そんなの君一人で背負う必要なんかないはずだ」

 

「ルダクがいるではありませんか」


 エレノシアはルダクを真っ直ぐ見つめる。

 

「あなたはわたくしがどれだけ悪に染まろうと、味方でいてくれますのよね?」

 

「もちろんだ。だって僕は君の婚約者だもの」


 真摯に向き合う、心のこもった返答。

 しかしエレノシアは口をすぼめた。

 

「……理由はそれだけかしら?」


 エレノシアがそう言うと、ルダクはきごちなく続ける。

 

「……君のことが、す……」


「……す?」


「……すす、すすす」

 

「やっぱりいいですわ」

 

「え……っ!?」


 あまりにも噛みすぎなため、エレノシアは最後まで聞く気がなくなった。

 ルダクは普段しゃんとしている割に、こういったところで抜けている。

 まあそんなところも好きなのだが。

 

「でも、僕との決闘で一度も勝ったことすらないのに本当になんとかできるのかい?」


 そう。エレノシアは現状ルダクよりも弱い。いや、ルダクが強すぎるといったほうが正しいだろうか。

 ルダクは学年でも上位に君臨するほどの魔法の使い手である。

 

 彼の疑念交じりの声に、エレノシアは絞り出すように答える。


「……一週間、待ってくださいまし。一週間後にあなたを負かしてみせますわ」


「……はあ、わかったよ。その決闘で勝ったら僕はもう止めない。けど負けたら一緒に他の策を考えること」


「わかりましたわ」


 エレノシアは正直一週間でルダクを超える実力を身につけられるのかはわからない。

 だが、彼を味方に付けるにはこれしかなかった。 


「それで……僕はなにを手伝えばいい?」


「手伝って……くれますの?」


 決闘を終えるまで助力してくれないと思っていたため、エレノシアは驚く。

 

「だって僕は君の婚約者だもの。協力くらいはするさ」

 

「……っ! 感謝いたしますわ!」


 そして、エレノシアは立ち上がり、堂々と宣言した。


「悪役令嬢に、わたくしはなりますわ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スキル『悪役令嬢』で未来を改変する〜予知スキルを持つ婚約者が最悪の結末を教えてくれたので、悪役令嬢のように振る舞うと能力が上昇するスキルでチートになります〜 水面あお @axtuoi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画