第6話

「金城祥子さん、これはなんですか?」

「白黒のクジラ……いや、車?」

「そうです、パトカーですよ。そしてあなたが乗ってきたこれもクジラ雲なんかじゃない、ただの白い箱バンです」

 神崎は松井から解放された金城祥子に事情聴取をしようとした。先ほどまで催眠にかかっておりそれを解くのが先決だった。

 祥子もだんだんと正気に戻ったようだった。

「本当だ。どうしてかしら」

「催眠術のせいですよ」

 ぼーっとした女だな、と神崎は思った。それに印象も薄い。これが今の日本人だ。主体性がなく、簡単に流されてしまう朧げな儚い存在だ。

 しかし、こんな弱い存在のために俺は刑事をやっているんだと神崎は思った。自分もか弱い存在の一人としてこの国に生きている。

 今、『クジラの国』にはガサ入れが入っている。失踪者も次々と見つかり解決は時間の問題だ。

 祥子も神崎から話を聞き、色々と腑に落ちた。

 例えば、クジラの背中に乗っている時、右側を車が通り過ぎていた。あれはクジラ雲が低空飛行しているからだと思っていたが何のことはない。ただ自分達も車に乗っていただけで自分達を追い越した車を目撃しただけだ。

 それと鯨谷——本名は山岡という刑事だが——の後頭部しか見えなかったのは、彼が運転席に座っていたからだ。

「さて金城さん、一応あなたからもお話を聞かせてもらいますのでパトカーの方へ」

「はい……すみません。まだぼーっとしてて」

 その時だった。グゥーと祥子のお腹から低い音が鳴る。

「……すみません。お昼ちゃんと食べてなくて」

 思えば休憩時間のコンビニ弁当はほとんど手付かずだった。

 祥子が照れたように笑う。するとその表情を見て神崎はどきっとした。

 目の前の女性はさっきまで催眠術にかかってたこともあってか、ぼーっと無表情な印象だったが笑うと思いがけず愛らしい顔をしているではないか。

 瞬間、神崎は先ほどまでの刑事の顔から一変、シャイな一人の男になってしまった。

「そうですか。なら先に食事を摂りましょう」

「え、いいんです?」

「はい、大丈夫です。全然構いません。パトカーを出しましょう」

「駄目ですよ! 職権濫用でしょう⁉︎」

「事情聴取ということにしときます」

 バレたら上からどやされるだろうか。いや構うもんか。

「何が食べたいです?」

「うーん、なんだろう。じゃあ刑事さんのおすすめで」

 神崎は頭を抱えた。女性と連れ立って行けるような店を彼は知らない。

「弱ったな。あいにく僕は定食屋とラーメン屋しか知らないんですよ」

「いいですよ。定食屋行きたいです私!」

 緊張が解けたのだろう。祥子ははしゃぐように言った。

「じゃあそうしましょう。クジラの竜田揚げが絶品なんですよ」

 神崎は思い切って、祥子の手を握る。

 祥子は戸惑いつつも、少しウキウキしているのを感じていた。こんな感覚は久しぶりだ。

 目の前の刑事が先ほどの緊張感から一変、一人の優しい男の顔になっているギャップにグッと来ていた。

「おい、佐竹パトカーの運転を頼む、鯨亭までだ。なに事情聴取だよ」

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クジラの国 カフェオレ @cafe443

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