第7話 国鉄官僚と市議会議員の合流
「あなた、下津井電鉄で車掌をされていた中田信子さんですよね! そちらは旦那さんで作家の内山君と、あの喫茶店のおねえさん・・・」
昨年春に米子鉄道管理局長として国鉄本社から赴任してきた青木進氏は、国鉄入社後まもなく岡山鉄道管理局内にある宇野線茶屋町駅の助役として赴任していたことがある。当時接続していた下津井電鉄の女性社員で車掌業務に携わっていた彼女とは職場が近くということもあり、かねて知っていた。
「青ちゃん、その方、岡大の近くの喫茶店のほら、いたじゃろう、あの、」
彼の記憶をよみがえらせるのは、当時国鉄職員で岡山車掌区で車掌をしていた川本正文氏。国鉄を退職して現在倉敷市議会議員を務めて2期目となる。近くこの春には一斉地方選挙が行われるが、彼の所属する倉敷市議会は選挙日が数年ずれているため、選挙前のような忙しさはない。
「あ、思い出したよ川さん。大学筋の喫茶店の、ほら、窓ガラスの看板娘の本田陽子さんじゃない?」
「君、国鉄本社の青木君じゃないか。米子の局長さんかよ。お偉くなったな」
そう答えたのは同学年になる院卒の作家氏。
「そういう君は、官能小説家の内山君でしょ。覚えとるわ。今頃はそっちでない方の小説も書かれていらっしゃるようだけど。ところでしかし、これは一体どういうことだ? というか、うわさに聞く通りの話と言えば話だけど。お楽しみは結構だけど、もう少しさあ、作家稼業なんてそんなものかもしれないけどなぁ、何だ、どうぞどうぞお楽しみくださいとしか言えない自分が、なんだか」
今度は少し年長の元車掌氏がひとこと。
「あのさア中田さん、じゃないや内山さん、あなた、変わらないねぇ、そのおきゃんあふれる声。まさかと思ったら、そのズバリご本人様じゃがな」
元国鉄車掌である現役市議会議員に、作家夫人が答える。
「川本さん、お久しぶり。倉敷市議会議員さんになられたと聞いていますけど、選挙はまだですよね、あちらは」
「そうよ。うちは時期が違うからね。とはいえ、完全にあちこち高みの見物ってわけにもいかないのよね、一応こういう仕事していると。いざという時自分は応援してもらえないっていうのも困るでしょうが。だけどまあ、自分の身は別に問題ないから、そこは安心して過ごせる時期ではあるかな。ついでに議会は今閉会中じゃ。だからまあ、こうして国鉄のお偉いさんと楽に遊んでおれるってこっちゃ」
「いやあ、川さんのおっしゃるほど楽じゃないですよ、こっちは。まだ米子だからいいですけど、これが岡山どころか大阪や天王寺なんか行ったら、結構きついですからねぇ、こういうときに田舎って、いいンですよ、私ら転勤族には。子どもらはもう東京に残して単身赴任。ええ、たまに出雲号で食堂車で一杯やりながら戻ってまた出雲号で一杯飲みながら米子に戻って。大阪や東京の管理局にいるよりはまだ気楽でいいですよ。ここなら川さんみたいに地元の人の目もないし(苦笑)」
「なんやそれ、青木君、あんた人のこと言えた義理じゃねえな」
テメエは気楽のうちじゃねえかよと言いたくなるのを抑え、作家氏が返す。お互い同学年で同い年でもあって、若い頃に出会ってこの方このような雰囲気で話が進む。年を取ったとはいえ、難しくなるような話にはならない。方や東大卒の国鉄官僚、方や岡大院卒の名の知れた小説家。そういう立場と能力あるが故でもある。
「いやあ、おねえさん二人侍らす内山君に「だけ!」は、言われたくないね!」
やたらに限定句が強調されているが、言う方も言われる方も笑いながらの話であるから特に問題は起きないものの、これ以上こんな調子で話していると他の部屋からの苦情が来ることを問題にせざるを得なくなる。
ここで陽子女史が一言。彼女は喫茶店を経営する両親のもとで育っていることもあり、こういうときの人の扱いはやはり上手。
「今日は青木局長さんと川本議員さんのお二人だけですよね」
彼らの役職をまぶした問いかけに、彼らは機嫌よく肯定した。
「でしたら、こちらで御一緒にどうですか?」
彼女の提案に、彼らは即座に快諾した。別に仕事の話をしに来ているわけでもないし、こちらも久々に会って温泉に浸かって飲んでいるだけの話だから。
「ええ、では御一緒させていただきましょう。青ちゃん、どうよ?」
「望むところですよ。ほな川さん、うちからも酒、持ってきましょう」
数分と立たぬ間に、浴衣を着た男性二人が戻ってきた。合流した男性2名を含めた5人の団体は、その部屋で酒を酌み交わしつつ旧交を温めることとなった。
次の更新予定
2024年12月13日 03:00 毎日 03:00
山陰号トリックツアー 与方藤士朗 @tohshiroy
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