第6話 久々の温泉と・・・

 温泉に着いて浴衣に着替えたが、まだ15時30分。家族風呂に3人で行くことになった。日曜日なので、それほど宿泊客はいない模様。現にこの時期は普段より宿泊料も幾分安く設定されている。


「キャ! サダくん! もうこんなに元気になってルー」

「はやく陽子にちょーだい!」


 実質混浴の温泉。いい年の男女ではあるが、ここは皆裸。わざわざタオルを巻いて入るようなこともないし、そもそもこの3人、男女の仲が2件ときたものだ。別にその光景を動画に録るほどのこともないが、それこそ旅番組や宣伝用の写真のようにバスタオルを巻いたりする必然性はあまりにもなさすぎるほど。


「ノブちゃんだって、どうせ朝から・・・」

「自分のこと言うなぁ~!」

「じゃあ今日は、久々に陽子とやっちゃおうよ!」

「温泉の中で?」

「しっかり見ていてあげるから。じゃあサダ君、この泥棒猫をやっちゃえ~」

「それが妻の夫に対する要求かよ~」

「公認公認!だけど、あとで愛しのノブちゃんにもね~」

「そういう流れで言われても、なんだかなぁ~」

「中身があればいいの! 肉体も実態も!」

「それじゃあ、まずは久々に・・・」


 かくして、温泉内でついに艶事が発生した。男性側は官能小説を若い頃から書き続けているほどの人物であるから、早速取材と称して張り切る。

 客観的にこの時点の関係性を申し上げておくと、今交わっているのは男性とその仕事仲間の女性。年齢差は女性が2歳下。それを見ているのが、男性と同学年で同じ年の女性であるが、去る1月に誕生日を迎えているいわゆる「早生まれ」であるから2月末のこの時点ですでに男性と同じ年に追いついている次第。

 時代や場所ならそれこそ「姦通罪」を問われかねない状況ではあるのだが、現在の日本国にはそんな刑事法はない。ならば民事の不法行為を問うて損害賠償をということはできないわけでもないが、彼らにそんなことをする意思はない。それどころか彼らは互いにその中を公認し合っているのだから、世話などない。

 若い方の女性が絶頂に達した後、外で少し休憩。まだ時間はある。


「じゃあ、今度はノブが」


 作家の妻である彼女は、かつて岡山県南部の私鉄の社員だった。結婚して程なく退職して彼とともに岡山市内で暮らしている。そもそも彼らの出会いは倉敷市内の中学校だった。お互いで会って程なく憎からず思っていたのだが、中学時代はもとより高校も違ったため男女の関係になることないまま、大学生と社会人にそれぞれなった。この焼けボックイ(木杭)ともいうべき状況になったのは、先ほど交わったばかりの女性である。

 実質初恋の女性は、彼の妻におさまった。しかしそれで話が終ったわけもない。

 大学生の折に彼の道程(! 誤植であり、ズバリあちらの方のものを彼女は彼から奪ったのであるが、ある意味、その後の人生がこの誤植どおりの状況になっている)を奪った彼女のほうは大学卒業後数年の準備を経て実家の喫茶店を継ぐだけでなく彼の作家活動をサポートする業務も始めており、それに伴って会社組織も作って自らは彼と実質的に共同代表になっている。業務の延長とばかりにこちらにも男女関係は継続中。それが証拠に、つい先ほども結ばれた次第。これは実際、彼と彼女らがそれぞれ結ばれた順番通りというわけ。

 そんなわけで、今度は中年夫婦が交わって一つになる番。

 先ほどの言うなら「泥棒猫」のような小悪魔女性との熱い仲を見せつけられた後だけに、彼女もまた燃える。その筋の女性は男性客に対して一種の「演技」で声を出すことがままあるというが、こちらはもう、掛け値なしの声を上げる。それを、先ほど結ばれた女性が言葉攻めも含めてあおる。ますます声が上がる。

 これがしかし週末ならどういうことになろうかというものではあるが、幸い今日はあまり客のいない日であるから、特に苦情も入らない。

 彼女もまた、小悪魔女性に続いて作家氏の愛を一身に受け止めた。


 彼女の声、他の客や旅館の従業員にある程度感づかれていたようであるが、この時点ではまだ特に問題発生とまでは至っていなかった。


 少し休んで改めて温泉に入って汗を流し、彼らはスッキリした顔と温泉効果でつるつるになった肌を浴衣でくるみ、部屋に戻った。

 まずは買ってきていた缶ビールでそれぞれ乾杯。早めに食事を頼むことに。今回は部屋食で用意してもらうことに。ついでに、瓶ビールも何本か頼んだ。

 女性2人に男性1人のグループ。夫婦というにはちょっと、という雰囲気の漂うこの団体に、仲居さんも不思議そうには思うが、訳ありなのかもしれないと思って特に何もそこをつついたりはしない。それにしても、訳ありにしては皆明るい表情で、逆に影というべきものさえ感じさせない。

 傍から見ても、何とも不思議な3人旅である。


 彼らは改めて旅館のビールで乾杯し、食事に舌鼓を打った。先程の情事で消耗した体力を、これでまた回復させるということか。3人とも40代半ばから後半にかけての年齢であるが、その話しぶりや飲食の様子を見るならば、年相応どころかいまどきの大学生男女がはしゃいでいるかのような雰囲気でさえある。


 食事をほぼ終えた頃、隣から同世代の男性が二人やって来た。

「あの~、もう少しお静かに願え・・・、え!」

 20年ほど前にはやった上が黒で塗られた近眼のセルロイドの眼鏡をかけた少し若めの品のある紳士が、彼女らの姿を見てびっくりした。

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