現像できた久世の写真は、彼の妹に宛てて返送した。わたしにはもう必要がないから。

 何よりやはり、彼女が持つべきものだと思うから。

 なんとなればそれは、彼が妹のために、自分の人生を犠牲にすることを決めた夜の――わたしと写真ではない、もうひとつの人生を選んだ夜の写真なのだ。

 その夜のことをわたしは決定的瞬間と呼び、けれどもそれはするりと逃げ出して、掴むことができない。ほんとうの瞬間は彼方へと消える。写真はその痕跡だけを残す。

 そして、それでじゅうぶんなのだと思う。


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逃げてゆく瞬間 鷲羽巧 @WashoeTakumi

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