第4話 人間とドラゴニュートの文明
野次馬が押しかけ始めたことをきっかけに場所を移したスノウとセッカはとある家屋へと入り込んだ。
そこはスノウが暮らす自宅であった。
これ以上外を歩いていても見せられるようなものもなく、日を改めた方がいいとスノウが判断したのである。
「ここはなんですか?」
「僕の家です。男一人で暮らす何の面白みもない場所ですが、寝床にはちょうどいいでしょう」
今いる場所について説明を受けたセッカは屋内をウロウロしながら中にあるものを見回した。
初めて見る人間の家には文明の利器が詰まっており、彼女の知らないものだらけであった。
「夕食にしませんか。簡単なものでよければ作りますよ」
「いいんですか!?人間さんの食べ物食べてみたかったんですよぉ」
スノウは夕食を作ることを宣言すると家の中に合った薪を暖炉の中にくべるとその中に紙屑を放り込み、マッチを擦って火を点けると薪を燃やした。
薪は静かに燃え上がり、冷えていた屋内の空気を暖めていく。
その一方で人の手によって火が発生したのを目の当たりにしたセッカは思わず己の目を疑った。
「今どうやって火を点けたんですか?」
「マッチを擦っただけですよ。この木の棒を箱のザラザラしたところで擦ると……」
スノウはマッチをもう一本取り出すと火の点け方をセッカの目の前で実演してみせた。
その様子をまじまじと見てセッカは再び衝撃を受ける。
「人間さんってこんなに簡単に火を起こせるんですか⁉︎」
「まぁ、多少のコツは必要ですが」
スノウは当然のようにそう言い放つと火のついたマッチを暖炉の中に放り込み、夕食を作るべく台所に立った。
セッカはスノウの後ろについていき、その様子を興味津々に覗き込む。
「人間さんの文明ってドラゴニュートよりもずっと進んでますねぇ」
「逆にドラゴニュートはどんな生活をしてるんですか」
「これよりもずっと簡素な石造りの家に住んでて、狩りや採取をして暮らしてます。あ、畑とか牧場もありますよ」
セッカは氷竜のドラゴニュートたちの暮らしぶりをスノウに語った。
その文明レベルはスノウの目線から見てもかなり低いと言わざるを得ず、農耕や牧畜ができるだけ原始人よりはマシというのが精々といった程度であった。
「時計は?」
「ないです」
「マッチは?」
「ないですよ」
「じゃあ暖炉は?」
「ありませんね」
スノウは絶句するしかなかった。
サイハにおける生活の最低水準ともいえるものがドラゴニュートたちには何一つとして備わっていなかったのである。
「……不便じゃありませんか?」
「人間さんの暮らしを知っちゃうとそうかもしれませんね」
スノウに尋ねられたセッカは照れ臭そうに笑いながら答えた。
そんな中、スノウの中にとある疑問が浮かび上がった。
「ずっと昔、人間とドラゴニュートは同じ場所で暮らしていたと聞いたことがあります」
「私もママから同じことを聞かされましたよ」
「それまで同じ場所で暮らせていた人間とドラゴニュートはどうして別れることになってしまったのでしょう」
「確かに……」
スノウの中に浮かんだ疑問、それはかつて同じ社会で暮らしていた人間とドラゴニュートがなぜ袂を分かつことになってしまったのかというものであった。
人間とドラゴニュートの共生の歴史はわずかではあるが両者の間に同じ内容で語り継がれている。
両者がいつしかそれぞれに分かれていったことは語り継がれているものの、そこに至るまでに何があったのかは何もわからなかった。
「できましたよ。よければ一緒に食べましょう」
スノウは湯気の立つ鍋を持つと食卓へと移動した。
鍋の中には根菜がどっさりと入ったポトフがあった。
根菜のポトフはサイハの国民的な家庭料理である。
「わぁ!美味しそうですねぇ!」
「一緒にどうぞ」
鍋を食卓の真ん中に置いたスノウはポトフを鍋から器に盛りつけると、フォークとスプーンを取りだしてそれをセッカへと差し出した。
セッカはフォークとスプーンを受け取るとスノウの様子を観察しはじめた。
彼女は食器を見たことはあったものの、それを自分で使ったことがなかったのである。
「お気に召しませんでしたか?」
「そんなことありませんよ!ありがたく頂戴しますね!」
スノウの気遣いを汲んだセッカはスノウの食事の様子を見様見真似でフォークで具材を刺すとそれを口の中へと運び込んだ。
彼女の口からほんの一瞬だけ見えた鋭い牙にスノウは思わず息を飲んだ。
「人間さんはこんなに温かいものを食べるんですねぇ」
「こうやって身体を温めないと寒さに耐えられませんから」
スノウはセッカを加えていつもより少しだけ賑やかな食卓でのひと時を過ごすのであった。
氷竜娘は人間を知りたい 火蛍 @hotahota-hotaru
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