第3話 初めて見る人間の街

 「着きました。ここが僕たちの暮らす人間の街です」


 セッカを連れて歩くこと数十分、スノウはついに彼女を人間の暮らす街へと招き入れた。

 ここはサイハの最北端の街、マシロてある。

 初めて見る人間の街の前にセッカは天色の瞳をキラキラと輝かせ、尻尾を大きく左右に揺らした。


 「ここから先はある程度は覚悟しておいた方がいいかもしれませんね」

 「覚悟って?」

 「人間はドラゴニュートのことを恐ろしい存在だと思っています。僕もついさっきまでそう思ってましたから、そういう扱いを受けるつもりでいた方がいいですよ」


 期待を膨らませるセッカに対してスノウは警告するように言い聞かせた。

 

 「えーっ⁉︎人間さんってドラゴニュートのことをそういう風に思ってたんですかぁ⁉︎」

 「ドラゴニュートに近づかせないための先人の方便だとは思いますが、本気でそう思ってた可能性は否定できませんね」


 セッカがドラゴニュートに対する人間の認識を知って驚くとスノウは申し訳程度のフォローを入れた。

 人間とドラゴニュートは交流が絶たれてから互いに不可侵を貫いてきた関係である。

 不可侵を保つための人間側の方便として言い回されてきただけかもしれないが、強大な力を見た今は本気でそう思っていた可能性も否定できなかった。


 「では行きましょうか」


 スノウはセッカにある程度の覚悟を促した上でサイハの門を通ろうとしたが何かを思い立ってすぐにその足を止めた。

 隣を並び歩いていたセッカは一歩先を行った状態で足を止めてスノウの方に振り返る。


 「今度はどうしたんですか?」

 「よかったら僕のことをスノウと呼んでくれませんか。人間は知り合いのことを名前で呼ぶ方が自然ですから」


 スノウはセッカに自分を名前で呼ぶことを提案した。

 親しい間柄の人同士が名前で呼び合うのはドラゴニュートも同様である。

 その意図をすぐに理解できたセッカはスノウの提案に応じることにした。


 「スノウさんですね。覚えましたよ」

 「では改めて行きましょうか、セッカさん」


 こうしてセッカは初めて人間の名前を覚えた。

 スノウはそれを確認すると再び歩みを進めてセッカより一歩前に出ると彼女より先にサイハの街マシロの門をくぐった。

 スノウにとっては数時間ぶりの、セッカにとっては生まれて初めての人間の街であった。


 「すごいですねぇ!あんなに大きな建物見たことないです!」


 セッカは初めて見る人間の文明に興奮した様子であった。

 中でも彼女は街並みで一際目立つ赤いレンガで造られた高い建造物に興味を示していた。


 「あれはマシロの時計塔ですね。あそこを見ればいつでも時間がわかるんですよ」


 スノウはセッカに視線の先にある建物を紹介した。

 マシロの時計塔は建物の四方に時計が取り付けられており、街のどこから見ても時間が確認できるようになっている。

 マシロに住む人々にとって欠かせないものになっており、スノウも街中で時刻を確認するために頻繁に利用していた。

 

 「ところであれのどこを見れば時間がわかるんですか?」


 セッカは首を傾げながらスノウに尋ねた。

 彼女は針で時刻を刻む時計をこれまで見たことがなかったのである。


 「まさか時計を知らないんですか」

 「はい!今初めて見ました!」


 セッカは己の無知を恥じることなくスノウにそう報告した。

 スノウは彼女の発言からドラゴニュートの文明が想像以上に遅れていることが伺えた。


 「時間は時、分、秒という三種類の単位を使って数えます。あの円盤の上に長さが違う三つの針がありますよね。一番短い針が時、二番目に長い針が分、一番長い針が秒を示しています。六十秒で一分、六十分で一時といった具合に時間は進んで……」

 「ひえー、ドラゴニュートはいきなりそんな難しいことできませんよぉ」


 スノウが時計の読み方や時間の数え方を教えるとセッカはすぐに音を上げてしまった。

 どうもドラゴニュートは種族として複雑な計算があまり得意ではないらしく、文明が発達しない理由の一端が垣間見えたような気がしてならなかった。


 「人間はある程度成長すればみんな当たり前のようにあれを読めますよ」

 「人間さんって賢いんですねぇ」


 スノウは手ごろな場所にあったベンチに積もった雪を手で払いのけると、セッカと二人ベンチの上に腰を下ろして時計を眺めながら時計の読み方を教えた。

 セッカは難しい表情をしながら時針、分針、秒針の違いを学んでいく。

 こうして彼女は初めての人間の文明として『時計の読み方』を覚えたのであった。


 スノウがセッカに時計の読み方をレクチャーしていると、街の人々がざわつき始めた。

 理由は一つ、これまで街に入ってくることのなかったドラゴニュートが人間と一緒にいるという事象を目の当たりにしたからである。

 

 「私たち、なんだか見られてませんか?」

 「人間の街にドラゴニュートがいるのですから当然ですよ。きっとドラゴニュートの里に僕が入ってきたらドラゴニュートの方も同じ反応をすると思います」

 「なるほど。確かにそうかも」


 これ以上ここに留まるのはよくないと判断したスノウは学習を一度切り上げて場所を移すことにした。

 時刻は午後五時、夕闇が深くなってくる頃であった。


 「場所を変えましょう。そろそろ夜が来ます」

 

 スノウは雑に言い繕ってセッカを連れてその場を去ることにした。

 野次馬たちはドラゴニュートであるセッカが近づいてくると恐れをなして皆距離を開けていくため、通り道には困らなかった。

 街の人々に畏怖の視線を向けられながらセッカはスノウと並んでマシロの街道を歩くのであった。

 

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