第2話 氷竜のブレス

 スノウとセッカは他愛もないやり取りを繰り返しながらサイハの街へと向かっていた。

 セッカはニコニコしながら歩く一方でスノウはドラゴニュートが隣に居るという事象を前に気が気でなかった。

 スノウたちサイハの国民はドラゴニュートのことを『凶暴な種族』と認識していたためである。


 「人間さん、その恰好暑くないですか?」

 「別にそんなことはないです。むしろセッカさんは寒くないんですか?」

 

 スノウはセッカの格好について疑問を呈した。

 セッカの着ている服は手足の肌が露出しており、寒冷地には似つかわしくない姿をしていた。

 だがセッカ自身は寒がるような素振りを一切見せていない。


 「ご心配なく、私は氷竜のドラゴニュートなので寒いのは平気なんです」


 セッカは自身の種族の特性をスノウに語った。

 ドラゴニュートにもいくつかの種類があり、彼女はその中の氷竜と呼ばれる種族である。

 氷竜は寒さに対して非常に強い特性を持っていた。


 「ドラゴニュートにも種類があるんですね」

 「そうなんです。私たち氷竜以外にも炎竜、嵐竜、地竜の四種がいます。この大地の東西南北の果てにそれぞれの種族が里を築いて暮らしてるんですよ」


 スノウがドラゴニュートという種族に興味を示すとセッカは嬉々として自身たちドラゴニュートの種族事情を説明した。

 四種のドラゴニュートはそれぞれ東に嵐竜、西に地竜、南に炎竜、そして北に氷竜が里を築いて独自の交流関係を築き上げている。

 それは同族のみが知り得る文化であり、人間からすれば知り得ないことであった。

 

 セッカから話を聞いていると、スノウはふと目の前に映った何かを見て足を止めた。

 そこには人間にとって出会いたくないものがいたのである。


 「どうしたんですか?」

 「静かに。大熊ですよ」


 スノウはいきなり自分が足を止めたことを不思議がるセッカに対して息を殺してその理由を耳打ちした。

 彼らの目の前にはスノウの体躯をはるかに上回る大柄な熊がいたのである。

 

 熊はスノウたちに視線を向け、ゆっくりと近寄ってきていた。

 極寒の地に棲む熊は身体が大きく凶暴であり、雑食で主に雪の下に埋まった植物や木の実、小動物などを食すが必要とあらば人間を襲うことも躊躇しない。

 そのパワーとスピードで襲われれば人間などひとたまりもなく、人間にできることは刺激しないようにできるだけゆっくりと後退して逃げることぐらいであった。


 しばらくはスノウと一緒にわけもわからずゆっくりと後ずさりをしていたセッカだったがおおまかな事情を察するとスノウを後ろに下がらせ、逆に熊の前に立ちふさがった。


 「そういうことですね。それなら私に任せてください」


 セッカはスノウに対して見栄を切ると瞼を閉じてゆっくりと息を吸い込んだ。

 空気をため込んだ彼女の胸周りが大きく膨張する。

 背中越しに見るセッカのその行動はスノウには何かの予備動作のように見えた。


 熊が静から動に転じようとしたその瞬間、セッカは吸い込んだ息を勢いよく吐き出した。

 彼女の吐き出した息はその冷気で周囲の空気を真っ白に凍り付かせ、熊の身体を覆いつくしたかと思うと瞬く間にその全身を氷漬けにしてしまった。

 熊の全身は毛皮ごと氷に閉ざされ、もはや動く気配すら感じさせない。

 あまりに一瞬の出来事にスノウは目を疑うしかできなかった。


 「ドラゴニュートの……ブレス」


 スノウはセッカが繰り出した技に聞き覚えがあった。

 ドラゴニュートはその肺活量を活かし、息を吐き出して攻撃するブレスという技を持っている。

 セッカが見せたそれがまさに昔聞いたドラゴニュートの技そのものであった。


 「人間さんは熊と戦えないんでしたっけ。昔パパが言ってた通りです」


 熊を返り討ちにしたセッカは初めて見る人間の姿に感心していた。

 自然界の頂点に君臨する彼女たちドラゴニュートにとって熊など怖るに足りない存在だが人間にとってはその限りではない。

 幼いころに父から聞いた人間という種族のその弱さを初めて目の当たりにした彼女は感動すら覚えていた。


 「す、すごいブレスですね」

 「そうですか?でも里には私よりすごいブレスを使える方がいますよ」


 窮地を救われたスノウはセッカのブレスを称賛すると彼女は謙遜するようにそう言い放った。

 ドラゴニュートにとっては当然の技能であるブレスも人間にとっては脅威の技である。

 人間という種の力の弱さをセッカはまた知ることとなったのであった。


 「安心してください。道中で何かあったら私が力になりますから」


 セッカは誇るように胸を張ってそう主張するとスノウに手を差し伸べた。

 自然界最強のドラゴニュートが味方であるという事象は人間であるスノウにとっては心強いことこの上ない。

 スノウはセッカから差し出された手を取り返して信用を示した。


 「これが人間さんの手……」

 

 セッカは初めて触れる人間の手の感触を嚙み締めた。

 手袋越しではあるものの、爪や鱗に覆われていない人間の手はドラゴニュートにはない柔らかさがあった。

 対するスノウも初めてドラゴニュートの手に触れてその感触を焼きつけることとなった。

 ドラゴニュートの爪は金属のように硬く、またその鱗からは身体を芯まで凍らせそうな冷気を感じさせた。


 「手袋付けてるんで地肌じゃないですよ。街に入ったらそっちも触ってみますか?」

 「いいんですか!?」 

 「まあそれぐらいなら」


 スノウはセッカと約束を取り付けた。

 人間の肌の感触を教えるぐらいならどうということはなく、それに加えて人間に対して好意的なセッカが相手なら問題はないだろうという心づもりもあった。


 「では行きましょう。早く人間さんの里を見てみたいです!」


 セッカは握手を解くと自らが氷漬けにした熊に目もくれずにスノウに案内の再開を促した。

 スノウはドラゴニュートという種族の強さを目の当たりにし、それと同時にセッカが友好的な存在でよかったと安堵で胸をなでおろすのであった。

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