氷竜娘は人間を知りたい

火蛍

第1話 北の果てのドラゴニュート

 この世界には人間とドラゴニュート、二種類の人類が存在する。

 ドラゴニュートはドラゴンと人間の二つの性質を併せ持ち、人間とほぼ同等の知性と自然界の頂点に君臨するだけの力を有する一方で文明の構築が人間に比べて遅れていた。

 人間たちの文明の進歩に取り残されたドラゴニュートたちはやがて人間たちと隔絶し、大地の果てに同族だけの里を築いてそこへ移り住んだ。

 人間たちもいつしかドラゴニュートとの関りをなくしていき、二つの種族は交わることなくそれぞれ平和に暮らしていた。


 北の大地にある国サイハ。

 ドラゴニュートの里と隣接し、万年雪が積もり続ける極寒の地にとある男がいた。 

 彼の名はスノウ、雪除けを営む二十歳の青年である。

 雪除けは雪国であるサイハにおいてはインフラの一環であり、名誉ある職業であった。


 粉雪が視界を真っ白に上書きするほどの吹雪のある日、スノウは雪除けのためにサイハ国土の最北端に訪れていた。

 目的は一つ、サイハとドラゴニュートの里との境界線を明確化するためである。

 スノウたちサイハの人間はドラゴニュートを『凶暴な種族』と認識しており、彼らの領域に自分たち人間が誤って立ち入ってしまうことがないようにするのも雪除けの大事な仕事の一つであった。

 

 雪除けの最中、スノウの目にとあるものが目に映った。 

 同業の雪除けの誰かかと思ったスノウが声を掛けようとそれに接近してより鮮明に姿を見るとそれは人間というには異質な姿をしていた。


 一見すれば少女のように見えるそれは青色の髪、その髪をかき分けるように頭頂部から後ろに伸びた二本の黒い角、四肢の末端は甲殻状に固まった青黒い鱗に覆われており、腰の中央からは一本の長い尻尾が生えていた。

 それは今まで姿を見たことのない存在、ドラゴニュートであった。

 

 「キレイだ……」


 スノウは初めて見るドラゴニュートの少女の姿に目を奪われていた。

 仕事のこともドラゴニュートの言い伝えのことも忘れてそんな少女を眺めていると、ドラゴニュートの少女がスノウの存在に気が付いた。

 ドラゴニュートの少女は雪の中をズカズカと進みながらスノウの方へと接近してきた。


 「あの、もしかして人間さんですか!?」


 ドラゴニュートの少女はスノウに肉薄するほどに接近するなり明るい声で彼に話しかけてきた。

 スノウは突然のドラゴニュートとの接触に驚き困惑しつつもそれに応対することにした。


 「え、そうですけど」

 「うわー、初めて見ました。人間さんって本当に角も尻尾も生えてないんですねぇ」


 ドラゴニュートの少女はスノウの身体を凝視しながら話を広げた。

 彼女もまた、人間の姿を見るのはスノウが初めてだったのである。


 「ドラゴニュートの方ですよね?」

 「そうですよ。名前はセッカっていいます」


 スノウに訊ねられるとドラゴニュートの少女は求められるまでもなく自己紹介までしてきた。

 それはともかくとして、意思の疎通が可能なことを理解するとスノウはセッカに対して疑問を抱き始めた。


 「セッカさんはどうしてここに?こっちは人間の領域ですが」

 「私ですね、人間さんのことが気になって里から出てきたんです」


 セッカはこちらにやってきた理由をスノウに語った。

 彼女は個人的な感情でドラゴニュートの里を抜け出して人間の領域に足を踏み入れたのである。


 「人間のことが、ですか」

 「はい!昔パパやママたちから聞かされた『人間の文明』を見てみたくて、それでいてもたってもいられなくて」


 セッカは人間という種族のみならず、人間の持つ文明にも興味津々であった。

 

 「侵略ですか?」

 「そんな侵略だなんてとんでもない⁉︎これは本当にただ私の個人的な興味で!」

 「そうでしたか、疑ってすみません」


 疑いをかけるスノウに対してセッカは慌てて身振り手振りを交えながら弁明した。

 彼女の言動から嘘がないことを薄々と感じ取ったスノウは警戒を解いて非礼を詫びた。


 「じゃあ見てみますか。人間の文明を」

 「いいんですか⁉︎」

 「はい。僕が見せられるところまででよければ」


 スノウは仕事を切り上げ、セッカをサイハに招き入れることにした。

 それに対してセッカは自身の後ろで尻尾をブンブンと振り回して喜びを示した。


 「ありがとうございます!初めて出会った人間さんが優しい方でよかったです!」


 セッカはスノウにお礼をすると衝動的にスノウを抱擁した。

 ドラゴニュートの遠慮のない腕力に締め上げられ、スノウの骨からミシミシと悲鳴が響く。


 「セッカさん……このままだと僕が死にます……」

 「ごめんなさい!痛かったですか?」

 「お気になさらず……」


 セッカはスノウの声を聞いてすぐに手を離した。

 ドラゴニュートの力は人間よりもはるかに強く、軽いスキンシップのつもりでも脅威になり得るほどであることをセッカは知らなかったのである。

 解放されたスノウは大きく深呼吸をして息を整えた。


 こうして、これまで交わることのなかった二つの種族は運命の出会いを果たしたのであった。

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