第5話 チェンジ

 エルナンは右手に溜めていた魔力を一気に赤鬼に向かって放つ。


「【魔力による弾丸マジック・バレット】」


 魔力の弾丸が空気を切り裂き、赤鬼の腹部に直撃する。

 しかし、その衝撃を受けても赤鬼はまるで効いていないかのように、不気味な笑みを浮かべたままだった。


「その程度か? その程度で俺に勝てるとでも思っているのか? お前のその魔力……美味しそうだなあああ」


 赤鬼は巨大な金棒を軽々と持ち上げ、振り回しながらエルナンに向かって迫る。

 金棒が地面を叩くたび、轟音と共に洞窟の岩壁が崩れ、衝撃で砂埃が舞い上がる。


 エルナンはその攻撃を紙一重で避けながら距離を取るが、金棒を纏う魔力の威圧感は尋常ではなかった。

 一撃でも当たれば命の危険があることを感じ取っていた。


「クソッ……どんなパワーしてやがる……」


『金棒に当たっても三回までだ……それ以上は耐えれないだろう』


 ザグラの声が頭の中で響く。


「そうかよ……ッ!!」


 エルナンは歯を食いしばりながら金棒を見据える。

 攻撃を受け続けるのは不利だと判断し、反撃のタイミングを狙う。


(……どうする? どうやって、倒す? このままじゃ一方的にやられるだけだ……)


 しかし赤鬼はエルナンの様子を見て余裕たっぷりに笑った。


「フハハハ、何一人で話していやがる……いや、お前もしかして……身体の中で何か飼っているな?」


 赤鬼の言葉にエルナンの心臓が一瞬跳ね上がる。

 だが、表情には出さない。


「さあな、どうだろうな……」

「おいおい、隠しても無駄だ。俺にはわかるんだよ。お前のその身体、普通の人間じゃねえだろ?」


 赤鬼は涎を垂らしながらニヤリと笑う。

 その目は、まるでエルナンの体内に潜むザグラの存在を見透かしているようだった。


(……なんだこいつ、ザグラの気配まで察知してやがるのか?)


 エルナンは右拳に魔力を集中させ、赤鬼の金棒に向かって真っ向から殴りかかった。


「いくぜえええ!!」


 拳が金棒に触れる瞬間、魔力の爆発音が洞窟内に響き渡る。

 

「そんなパワーじゃ俺には勝てねえんだよお!!」


 赤鬼の嘲笑と共に、力の差を思い知らされた瞬間だった。

 赤鬼は金棒を勢いよく振り下ろし、


『バカやろう、もっと魔力を溜めてからにしろッ!!』


 ザグラの怒声が響くが、エルナンは苦笑しながら赤鬼の力に勝てず、エルナンは地面に叩きつけられた。

 

 バシン──ッ!!!!


 エルナンの口からは血が噴き出した。


「お前の魔力量……おいしそうだなあ」


 涎を垂らす赤鬼。


(やっべ……何が三回耐えれるだよ、一撃で死にそうだぞ……)


『いまだにわからぬ、人間というものの耐久力が』


(いい加減わかってくれよ……)


「俺たち……」


 ふらつきながら立ち上がるエルナン。


「今年で六年の中じゃねえかよ……」

「何を言っていやがるんだお前、頭おかしくなったか?」

「元々、俺は頭がおかしいんだっつーの。ザグラ、緊急事態だ。身体の主導権、お前にやるよ」


『うっひょ〜、本当か? 久しぶりに暴れてもいいのかあ?』


 エルナンはふらつきながらも口元に笑みを浮かべ、赤鬼を睨みつける。


「ああいいぜ……今だけ、お前に全て任せてやる。ただし、やりすぎんなよ?」


『任せろ、エル!! お前の身体、最高の状態に仕上げてやる!!』


 ザグラの声が響くと同時に、エルナンの身体が異変を起こした。

 彼の背中から黒い翼がさらに広がり、血のように赤黒いオーラが体中から噴き出す。

 エルナンの瞳は赤く染まり、魔獣のような鋭い輝きを放つ。


 赤鬼はその様子を見て目を細めた。


「ほう……なるほど、やはりお前の中に潜む何かが現れたか。いいぜ……もっと楽しませてくれよおおお!!」


 赤鬼は金棒を振り上げ、再びエルナンに襲いかかる。

 その振り下ろしは、先ほどとは比べ物にならない速さと力を伴っていた。


 しかし──


「遅いんだよ」


 エルナンの身体を支配したザグラは、その攻撃を紙一重でかわすと、赤鬼の懐に飛び込む。

 そして、そのまま右手の鋭い爪を振りかざし、赤鬼の胸元に深々と刻み込んだ。


「ぐああああッ!!!」


 赤鬼は痛みに吠える。

 その赤い肌には深い裂傷が走り、黒い血が噴き出した。

 しかし、それでも赤鬼は満面の笑みを浮かべている。


「おもしれえ……!! お前、さっきまでとはまるで別人じゃねえか!!」


 赤鬼は金棒を逆手に持ち替え、すかさず反撃を試みる。

 が、ザグラが操るエルナンの動きは予測不能で、赤鬼の攻撃は空を切った。


「エル、見ろよ。こいつ、思ったより柔らかいぜ」


『いいから早く片付けろ……身体がもたねえんだよ』


「分かってるさ!! けど、久々に動くんだ。もう少し楽しませてくれよ」


 ザグラは笑いながらエルナンの手を振り上げ、周囲の魔力を吸収し始めた。

 その場の空気が一瞬にして重くなる。


「その技……なんだ?」


 赤鬼が警戒の色を浮かべる。


「見せてやるよ、俺たちの本気をな!!」


 ザグラが操作するエルナンの右手が黒い炎を纏い、巨大な爪の形に変化する。


「【魔獣の裁きビースト・ジャッジメント】!!!」


 一瞬の隙を突き、ザグラが操るエルナンの爪が赤鬼を捉える。

 その攻撃は鋭く、魔力を纏った爪は赤鬼の胸を深く貫いた。


「ぐおおおおおおッ!!!」


 赤鬼は金棒を振り回して反撃しようとするが、その動きは徐々に鈍くなっていく。


「いい感じだな。こいつ、そろそろ終わりだぜ」


『よし……畳みかけろ』


 ザグラは最後の一撃を放つべく、全ての魔力を右手に集中させた。


 そして──


「死ねえええええッ!!!」


 黒い爪が赤鬼の胸を完全に貫き、赤鬼は断末魔の叫びを上げ、その巨体が崩れ落ちる。


 ドサリ……


 洞窟内に静寂が訪れる。

 エルナンの身体から赤黒いオーラが消え、ザグラの支配も解かれた。

 同時にエルナンの身体中から血が噴き出した。


 ザグラに身体の主導権を譲ったことによるバツである。


「はあはあ……さあ、答えろ赤鬼。神のことについてな!!」


 エルナンは痛みと意識に朦朧しながら、歯を食いしばりそう言うのであった。

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黒翼の冒険者 さい @Sai31

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