鳴けずのメジロ

憑弥山イタク

鳴けずのメジロ

 高く、愛らしい声をした彼女は、ある日を境に、喋らなくなった。声を失い、喋れなくなった。


 当面、或いは永久とこしえに、彼女の声は聞けやしない。けれども私は、構わない。


 愛しているのは彼女であり、彼女の声を愛した訳ではない。あの声をした彼女を愛した訳ではない。私が愛し続けているのは、彼女そのものなのだから。


 声が出せずとも、目が見えずとも、耳が聞こえずとも、彼女は彼女。仮に両の脚を失ったとて、両の腕を失ったとて、私は彼女を愛するだろう。


 声が出せぬなら、出さなくていい。出したくなるまで、待てばいい。出せる日が来るまで、待てばいい。きっといつかは、またあの声で唄えるから。


 鳴けないメジロが居たとして、責める者など居やしない。


 歌えぬ彼女も、また然り。

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鳴けずのメジロ 憑弥山イタク @Itaku_Tsukimiyama

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