第3話「年越しの瞬間」
***
通りすぎる住宅街からは四方八方に色を変化させるテレビの蛍光カラーが窓を照らし、歌や笑い声がそこらじゅうで鳴っている。
いつも夜に時間をかけて初詣に行き、また長い距離を歩いて早朝にバイバイする。
それが私たちの年越しスタイルだった。
「大学周辺の物件みてるんだけどさ、家賃がどこも高くて。これが東京価格ってやつかな」
「田中は専門行くんだよな? 美容師になりてーとか言ってた。坊主頭だけど、髪伸ばすのかな?」
東京に行って、またカッコよくなったんだね。
大人になった彼は当時よりもクールで落ちついた顔立ちになった。
だけど口にするのはあの頃と変わらぬ高校生としての発言だ。
東京に行って田舎くささもなくなって、きっとステキな友達に恵まれて、笑顔でいられる恋人がいたのだろう。
私がとなりにいるはずだったのに、私の知らない女の人が腕を掴んで肩に頭をのせている。
(田中くんはね、髪を伸ばして金に染めて、地毛が伸びてプリン頭になってたんだよ)
そんな貧乏な専門学校生活を終えて、今は立派に美容院でシャンプー台にはりついて毎日を過ごしている。
それもみんな噂話に聞いた程度だけど。
「お互い大学卒業したらさ、ど……同棲しような! その方がほら、家賃が安くすむしいいだろ?」
「……うん。そうだね、いっしょに暮らしたいね」
「……なんか、今日のお前、いつもと違う。大人っぽいというか……ちょっと……」
「ちょっと、ってなに? 言ってよー?」
耳まで真っ赤になる姿はまるでガキンチョで、初々しい高校生を見ている気分になってついニヤニヤと彼のワキ腹を突く。
彼は「だあぁ!」もやけくそに声を出し、口をへの字に結んで目元を赤くしながら私の肩を掴んだ。
「なんかエロいんだよっ! 言わせんな!」
「……ふ。あは、あはははっ!」
直球する言い方に涙がでて、笑っているのに止められなくなる。
大好きだった男の子がそのまま私を好きだと叫んでるようで、長年で乾ききってしまった心が水を得た魚のようにはしゃぎだす。
彼はとても素直な男の子で、律儀にバレバレなサプライズをする人だった。
誕生日やクリスマス、ホワイトデーと必ず驚かせようと試行錯誤するのだが、あからさまに挙動不審になっていたので友人にはいつも「愛されてるね〜」と笑われた。
照れ屋で純粋な彼にウソはつけない。
それを誰よりも知っている自信があるから、今こうして笑っている彼が本気だということも知っていた。
もしかしたら、と淡い期待を抱いてしまう。
起きたこと全てが夢で、本当は私もまだ高校生で、二人で東京に行くのを夢見ていたんだと。
抑えきれないあの頃の愛に、次第に私も時を戻していった。
***
「おぉー。すげぇ人。」
もうすぐカウントダウンがはじまろうとする頃に神社にたどりつく。
長蛇の列に入り、除夜の鐘が鳴っていると音をたどると、彼の鼻が赤くなっていると目に留まる。
寒がりのくせに平気そうに薄手の恰好をするのは変わっていない。
しもやけになった彼の指先を掴んで、本殿に伸びる均一の石畳を見下ろし、苔が生えてるなと意識を反らす。
付き合っていた期間は長いくせにいつまで立っても小さなふれあいになれない。
別れてからの方が時間は立っているのに、胸がきゅっと痛むのは今も変わらなかった。
「あ、カウントダウンはじまる……」
左手首につけたシルバーの時計、男性も女性も使えそうなシックなデザインだ。
「10、9、8……」
神聖な火を灯して神域としての印を明かす灯籠に、弾けた横顔が照らされる。
この灯りは魔除けの意味合いもあり、この時間が終わってしまうのではと喉が震えてカウントダウンを口に出来ない。
あの頃の彼は腕時計なんてしていなくて、スマートフォンで確認して充電が切れれば「うあーっ!」と頭を抱えていた。
となりにいる人はあの頃と似ているようで、器はもう私の知らない彼だと空を見ながら思いきり酸素を吸い込んだ。
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