ビューティフルワーズ

おさかな

 





人は言いたいことがあってもその時に言えないことがあります。

それを溜め込み過ぎると、風船の様にぷかぷか浮いてしまう人がいます。

ぷつり。

魔女が手にした針をパンパンに膨らんだお腹に刺すと、ぱちんとお腹がはじけて中からたくさんの言葉が飛び出してきました。

魔女にお腹を刺された人たちは、弾けた音にすごくびっくりしたあと、ぺったんこになったお腹を少し撫でて地面をゆったりと歩いて去っていきます。

魔女はそれを見送って、飛び出してきた言葉のひとかけらを拾い上げます。

一つ拾ってはムッと顔を顰めて、拾った言葉を放り投げました。

放られた言葉は悲しそうに魔女を振り返りますが、魔女は気にせずに違う言葉を拾い上げています。

魔女は人々が溜め込んだ言葉を集めて、とびっきりの素敵な本を作っています。

今は綺麗な花畑を描く言葉が欲しいのですが、なかなか見つかりません。

やっと魔女が目当ての言葉を見つけました。

魔女はにこりと笑って素敵な本の書きかけのページを開きます。

つまんだ言葉をページの上で離すと、言葉は魔女を見上げたあと、文章の隣へ寝そべりました。

言葉がすぷぷと沈み込んで、やがて花畑を描く素敵な文章の一つになりました。

魔女は満足そうに素敵な本のページを閉じます。

それから、魔女に選ばれなかった言葉たちを見下ろしました。

魔女はふうとため息を吐きます。

たくさんたくさん言葉が飛び出て動き回っているので、100くらいずつまとめて言葉たちを小さな箱に入れました。

その箱に魔女の風船をつけて、使わなかった言葉たちを空に飛ばします。

魔女の風船は魔法がかかっているので簡単には壊れません。

魔女は使わなかった言葉たちを、使いたいと思っている人のところまで届けてくれるのです。

言葉たちが不安そうに箱から魔女を見つめましたが、魔女はそっけなく鼻を鳴らすだけでした。


さて、魔女はどんどん言葉を集めていきます。

素敵な言葉を集めるのはなかなか簡単ではありません。

たいてい言えない言葉というのは灰色っぽくって少し濡れていて重たいのです。

素敵な本の続きを書くには似合わない言葉も多く、魔女は使わない言葉をさっさと風船につけては飛ばしていきます。

しかしどれだけ膨らんだお腹をぱちんぱちんと弾いても、魔女の望む言葉は揃いません。

そのうち魔女は、あまりお腹が膨らんでいない人のお腹もぱちんぱちんと針で刺すようになりました。

するとどうでしょう。

魔女の欲しかった綺麗な言葉やキラキラした言葉が溢れてくるのです。

魔女は夢中になってそれらを集めました。

腹を刺された人間が誰かに伝えようとしていた言葉を、魔女は横取りして素敵な本をしたためます。

ぺちゃんこのお腹の人間は、魔女に刺されたお腹を見てがくりと肩を落とし、とぼとぼと去っていきました。

さあ魔女の素敵な本もあと少し。

あとたった一言、物語の終わりを表す言葉さえ見つかれば魔女の素敵な本が完成するのです。

魔女はその言葉を探してあらゆる人間の腹をぱちんぱちんと刺していきますが、たった一言が見つかりません。

ぺったんこのお腹だけでなく、子供のぷくっとしたお腹も、老人のよぼよぼのお腹も刺しましたが見つかりません。

ついには世界中の人間のお腹を刺して探し回りましたが、魔女の望む言葉は見つかりませんでした。


その時でした。

ずうっとずうっと、魔女が赤ちゃんの頃から一緒にいるよぼよぼの猫が、魔女に向けてお腹を見せて寝転がりました。

まぶたをしょぼしょぼさせながら、じいっと魔女の目を覗き込んでいます。

魔女は持っている針の先とぺちゃんこの猫のお腹を何度も見比べました。

よぼよぼの猫はとてもおばあちゃんなので、針がとても痛いかもしれません。

もしかしたら、ぱちんと刺した拍子に死んでしまうかも。

魔女は首を横に振りますが、猫は魔女をじっと見ています。

しばらく見つめあっていましたが、あんまりに猫が譲らないので魔女はしぶしぶ猫のお腹に針を刺しました。

ころりと落ちてきたのは、魔女がずっと探していた、終わりを表す文字。

魔女はそれを拾い上げて猫を見ました。

猫は満足そうに笑って、ゆっくりと息を吐き出します。

そのあと猫のお腹が膨らむことはありませんでした。

魔女は太陽が3回空をかけていく間、ずっと猫のそばにいました。

4回目の太陽が顔を覗かせた頃。

魔女は猫の上に自分の記したとっておきの本を置き、魔法の炎で本ごと猫を包みました。

柔らかい光が本も猫も包み切った後には、かさかさした灰がのこります。

それは一旦猫の形をした後に、ぴゅうっとふいた風に乗って空の向こうまでかけて行きました。

魔女はゆったりと腰を上げて、もうすっかり見えなくなった灰の猫を追いかけます。

ひと足先に灰の猫は風になって野山を越え、海を渡って人々の間をすり抜けます。

灰に残った魔女の集めた素敵な言葉がぽろぽろと溢れて、歌になり、人々は口ずさみます。

やっと追いついた魔女がそれを聞いた時、魔女はもう言葉を集めなくていいと思いました。

お腹を突くための針は誰かさんの針山に刺して、まっさらな紙束は豪華な暖炉にくべてやりました。

魔女は人々の歌を口ずさみながら、足早にかけていく灰の猫を追いかけます。

そうしてまた、人々の間に素敵な言葉が溢れていくのでした。

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