《夜のウラ》

 月には、人間よりも高い技術を有した者たちがいる。

 リクトはそのことを、とてもよく知っていた。


 妹のための物語を書き続けたかった。

 もしも妹の目が見えなくなったなら、物語を語って聞かせよう。

 もしも妹の耳まで聞こえなくなったなら、夢の中で物語を見せてあげよう。


 自分にはそれらを実行することが容易に可能であることを、リクトは知っていた。けれど同時に、それらが不可能になる瞬間が必ず訪れてしまうことにも気付いていた。


「規定違反です、地球名・リクト。速やかな帰還を命じます」


 リクトの部屋で、ひとつの球体が浮かんでいる。喋っている。 

 ほのかに白く光るそれはまるで満月のようでもあり、この「夜」には存在しない星のようでもあった。


 今のリクトは、もはや妹のイマジナリーフレンドではない。

 少なくとも、始まりはそうだった。


 リクトはもう、大事な妹へ「理想の兄」を返すことすらできない。月から逃げてきた誰かがリクトという器に都合よく収まってしまったばかりに、その在り方はすっかり上書きされている。


 せめて、次の物語が完成していたらよかったのに。 


 リクトの後悔と不満足を、偽物の満月が照らし続けていた。

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夜に住む兄のオモテウラ @ayato_shiki

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