夜に住む兄のオモテウラ

@ayato_shiki

《夜のオモテ》

 リクトという青年は、満月だけが照らし続ける「夜」の住人だった。

 彼には歳の離れた妹がいる。けれど、正しく妹と呼べるのかはわからない。リクトは自分自身の始まりが、妹にとっての「兄というイマジナリーフレンド」であることを自覚していた。


「夜」はいつでも、黒い夜空に満月だけが浮かんでいる。

 満月はとても明るい。実際にそうしたことがないリクトには詳しくわからないことだが、部屋の外へ出て町を歩くための最低限の明かりになるだろう。


「夜」には町があった。

 妹が本当に暮らしている町に似ているのかもしれないが、今いる部屋から出たことのないリクトにとっては、あまり重要ではないことだった。

 リクトの部屋は殺風景な狭い部屋で、椅子と机と、いくつかの本棚だけがある。本棚には、今まで書いてきた物語が「本」として収納されていた。

 机の上には物語を書くための道具があるものの、原稿用紙だったりノートパソコンだったり、いつの間にか変わっていることが度々あった。とはいえリクトにとって、道具が変わるのは瑣末なことなのだが。


 リクトの部屋は、建物の2階あたりにあるらしい。

 部屋には正方形の窓があって、満月がよく見える。リクトはその窓に背を向けながら椅子に腰掛けて、いつも「物語」を書いていた。


 リクトがこの「夜」にいる理由は、妹だけが唯一の読者となる物語たちを書き続けることだった。


 リクトの妹は、彼が書き出す物語を読むことをとても好んでいる。

「夜」の中でずっと物語を考えているリクトにとって時間の概念はひどく曖昧だが、感覚として「たまに」やって来る度に、妹は新しい物語を読みたいとねだっていた。そしてリクトは今のところ、彼女へ毎回新しい物語を提供することに成功していた。


 ノックの音。

 今日も、あるいは今夜も、妹がリクトの部屋へやってきた。

 部屋の扉を外からノックするのは、妹しかいない。


「おかえり」


 妹が来訪したときの挨拶は、いつも決まっていた。


「にいさん、今夜の新作はある?」


 妹からの期待の目に、リクトは1冊の文庫本を差し出して答えた。リクトが書いた物語は、こうしていつの間にか「本」の形になって彼女へ提供される。

「やったね」と小さくはしゃいで文庫本を受け取ると、妹は部屋の片隅へ寝転んでくつろぎ始めた。それはいつもの、彼女が読書を楽しむための姿勢だった。


 妹が本へ没頭する間にも、リクトは新しい物語を書き続ける。

「夜」の終わりがそう遠くないことを知っているからこそ。


 もう1冊、せめてもう1冊と、静かな祈りを込めて。

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