~ 結びの章 ~ 


 ウッドを慕うシェリー・メアリーの、

斜め上からはにかむ笑顔を見せながら、彼女の物語は終わった。


 後日、電源喪失危機で解凍された、決して少なくない数の人々の訴えにより、緊

急会議が開かれた。

 目覚めた人々の話には整合性があり、全ての発言に一貫性が認められた。

 中には、シェリー・メアリーがシェルターで生まれる以前に最終冷凍睡眠に入った者も居た事が確認され、彼らが彼女の名を知りえていた事実は決定的だった。


 地球上に僅かに生き残っていた全てのシェルターの連絡網が解放された。 各シェルターの上層部の連中が全員、冷凍睡眠から目覚め、人類の未来を見定める大規模な会議が開催された。

 勿論、その会議には、

 デイビット・ビンセント・アトウッドの姿もあった――。




― シェリー・メアリーの声 ―


ひと一人ひとりに生じた疑問や困難が、その人にとって生涯解決できない大きな苦悩や無念であっても、人類に託す事が出来れば、『人類と言う単位』が、やがて解決するのかも知れない」


「それは、数学や、医学や、科学の歴史で証明されている。

 途中で諦めてしまえば、人類が解決する時が暫く遠退いてしまう。

 あるいは、人類がその問題に取り組む時間は永遠に訪れない」


「未蘇生症は人が精神体となる為の人類進化なのか、

 その検証が本格的に行われるだろう。

 その間にも、世界各地で僅かに生き残り続けているシェルターは、冷たい灰色の氷期の中で滅びてくのかも知れない」


「人類にこれからも訪れるだろう数多あまたの運命を、一人一人の苦悩を、無念を、私たちはどう乗り越えてゆくのだろう―― 」



 シェリー・メアリーは、彼女がヒューと最後に別れた、あの階段下の石畳、自分を見上げていた彼の凛々しい立ち姿を思い出した。


「ヒューに会いたい…… 」

 シェリーは想い人を口にし、この世界から離れた。

 その声音こわねは、 とても可愛らしかった。



 ルッツはシェリー・メアリーを見届けた。

 彼もやがて蘇生し、ウッドに彼女の言伝を届けるだろう。


 シェリー・メアリー・イーブンソングという女性の一生を通して語られた、シェルターの人々の物語が終わると同時に、人類の次の物語の火蓋が切られ、それは着火されたのだ。

 その爆発的燃焼は、我らを永遠へと向かわせる。


 ルッツも自分の身体に戻り、眠りに着いた。

 雪に埋もれ始めたドーム1の屋上外殻では、ワンピ姿の幼いシェリー・メアリーが、老いたシェリー・メアリーの手を取り、導くように宙空へと舞い上がった。


ひと一人ひとりが、人類じんるい単位たんいDNAディーエヌエーきざめるもの…」


 空が明るくなり始めた。その事に気を取られているうちに、二人の姿は見えなくなり、辺りを見渡しても、今はもう雪化粧に覆われた大地と、久しぶりに姿を見せた空だけが映し出され―― 

 シェリー・メアリーの姿はもう何処にもなかった。





 見上げると…


  青い彼方には――   無限が存在していた 










     【忘れないで 完】






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忘れないで 月☆旅人(ツキホシタビビト) @tukihosi-tabibito

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