第14話「ガゼボとお茶会の思い出」
執務室を出て長い廊下を歩いていると、午前中に空を覆っていた厚い雲が晴れ、雲の隙間から太陽の日差しが降り注いでいました。
窓の外を見ると、木が青々と茂り、春の花が咲き乱れ、蝶々が舞っていました。
王宮に来るのもこれが最後になるかもしれません。
王宮には五歳の時から月に一度は通っていました。
学園に入学してからの三年間は、毎日のように通いました。
あまり良い思い出のない場所でも、もう来れなくなるのだと思うと感慨深いものがあります。
「これが最後になるかもしれませんし、庭園をゆっくり散歩してから帰ってもいいですよね?」
家に帰っても特にやりたいこともありません。
外の空気を吸って、気分転換をするのも良いかもしれません。
私は庭園に向かって歩き始めました。
私のこの時の何気ない決断が、この後の人生を大きく変えることになるとは、この時は思いもしませんでした。
◇◇◇◇◇
王宮の北側には人工的に作られた大きな池があります。
池の中央には大きな噴水があり、ざぁざぁと音を立て水を吹き出していました。
池の周りには、よく手入れされた花壇とバラ園と、様々な植物が植えられた温室があります。
池の周りを囲むように柵が立てられ、柵の直ぐ側に煉瓦で舗装された道があります。
「とっても良い天気です」
午前中は雲に覆われていたので、少し肌寒かったですが、今は上着なしで歩くのがちょうど良いです。
花壇には色とりどりの花が咲き乱れ、蝶々が一生懸命に蜜を吸っていました。
風が木々を揺らす音と、小鳥のさえずりが心地よいハーモニーを奏でています。
空の青色を、池が反射してとても美しいです。
ここでシートを広げ、お弁当を食べたらきっと美味しいのでしょうね。
王宮には十三年通いましたが、のんびりと楽しく過ごした記憶はあまりありません。
ベナット様と婚約したのが五歳。
それから学園に入学するまでの十年間、彼とは月に一度のお茶会が設けられていました。
その半分以上、いえ八割程度、彼はお茶会に顔を出しませんでした。
彼がお茶会に来る時は、三十分程度遅れて来て、不機嫌そうにお茶をすするだけ。
私が笑顔で話題を振っても、彼は眉毛を寄せるだけでした。
私がもう少し話術に長けていたら、ベナット様のお心を掴めていたのかもしれません。
ベナット様と出会って、わずか一年で彼の心を掴んだというミュルベ元男爵令嬢は、きっと巧みな話術の持ち主だったのでしょうね。
彼女が生きている間に、人の心を掴む話術を習っておけばよかったです。
惜しい人物を亡くしました。
人工池の周りを歩いていると、ガゼボが見えてきました。
そういえば一度だけ、王宮で楽しくお茶会をしたことがありました。
あれは八年前、まだ王弟殿下がこの国にいらした時のこと。
その日は春にしては肌寒く、冷たい風が吹いていました。
庭園にあるガゼボで、ベナット様とのお茶会が開かれる予定でした。
しかし、二時間経過してもベナット様は現れませんでした。
周りにいた侍女に「ベナット殿下はまだ来ないの?」と尋ねても、無視されました。
「寒いから場所を変えてもいい?」と尋ねると、侍女は「王子殿下とのお茶会の時間は三時間と決められております。その間、ルミナリア公爵令嬢がガゼボから出ることは許されておりません」
そう、厳しい口調で返されました。
「それなら先にお茶を飲んでもいい? 喉が渇いたわ」と尋ねると、 「王子殿下が参られるまで、お茶を飲むことも、お菓子に手をつけることも許可されていません」侍女にそう返され、睨まれてしまいました。
侍女達は温かそうなコートを羽織っているのに、私はドレスしか着ていなくて……。
寒くて、心細くて、体が震えて、凍えそうで……。
そんな時、王弟殿下が現れたのです。
「彼女は甥の婚約者で、ルミナリア公爵家の長女だ! なぜこのような空気の冷える日に、コートも身に着けずガゼボにいて、震えているのだ!」
王弟殿下に叱責されると思っていなかったのか、侍女は目を白黒させていました。
「ベナット殿下とのお茶会が終わるまで、ルミナリア公爵令嬢はガゼボで待機する決まりですので……」
「甥っ子が来るまで彼女が帰れないというなら、そなた達の誰かがベナットを呼びにいけばいいだろう! なぜ何もせずにじっとしている? 見てみろ! 彼女の顔は真っ青だぞ! いったい何時間ここで待機させたのだ!?」
「す、すぐに呼んで参ります!」
侍女の一人がガゼボから、駆け出していきました。
「ごめんね。寒かっただろ?」
王弟殿下はそう言って、自身が着ていたコートを脱いで私にかけてくださったのです。
十歳だった私にはそのコートは大きくて、でも温かくて、上品な香水の香りがしました。
結局、ベナット様はガゼボには現れず、その日のお茶会は中止になりました。
王弟殿下が私を温室に案内してくれて、はちみつ入りのあったかいミルクティーを出してくれたのです。
あの時の紅茶はとても甘く、心に染み渡る温かさでした。
王弟殿下が陛下や王妃殿下に進言してくださったので、ベナット様とのお茶会の待遇は改善されました。
お茶会の会場は室内にすること、時間は一時間以内にすることが、王家とルミナリア公爵家で取り決めが交わされたのです。
ベナット様が来る前に、お茶やお菓子に手をつけても良いことになりました。
それから、三十分待ってもベナット様が現れなければ、私は帰っていいことになりました。
取り決めが交わされてからは、お茶会で酷い待遇を受けることはなくなりました。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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第一王子の有責で婚約破棄されたら、帰国した王弟から熱烈にアプローチされました! まほりろ @tukumosawa
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