第13話「公爵令嬢、父親から戦力外通告を受ける」
陛下との謁見を終え、私と父は会議室を後にしました。
父に「話がある」と言われ、私は父の執務室に連れて行かれました。
王宮にある父の執務室は、家の執務室と同じように、藍色のカーテンと同色の絨毯が敷かれていました。
壁際に本棚があり、本が整然と並べられていました。
窓際には木製の大きな机が配置され、部屋の中央には来客用のテーブルがあり、テーブルを挟んで長椅子が二つ設置されていました。
飾り気がなく、よく掃除の行き届いた部屋で、厳格な父の仕事部屋らしいなと思いました。
父は執務室の椅子ではなく、応接用の長椅子に掛けました。
なので私も、テーブルを挟んだ向かい側のソファーに座りました。
父は難しそうな顔で私の顔をじろりと見ました。
ベナット様との婚約破棄のこと、父は納得していないのかもしれません。
ベナット様の血筋はどうあれ、彼と私が結婚し、子供が生まれていれば、ルミナリア公爵家の血を引く男子が、
私の幸せは脇に置いておくとして、それはルミナリア公爵家にとっては名誉なことだったはず。
卒業パーティーでベナット様からの婚約破棄を了承したことで、私はその機会を潰してしまったのです。
「お父様申し訳ございませんでした。私の行動が軽率だったばかりに、このような事態を招いてしまい……」
「そうだな、お前は政略結婚には向いていない」
私の謝罪が終わる前に父が口を開きました。
父は眉間に皺を寄せ、鋭い目つきで私を見据えていました。
父は、私のことをとても怒っているようです。
「アリーゼ、お前とベナット様が婚約して何年になる?」
「私とベナット様が婚約したのは五歳の時ですから、十三年が経過しました」
彼との付き合いはそんなに長いのですね。
「お前が学園に入学してからは、王子妃教育が忙しくなり、ベナット様と会う機会が少なかった。
逆にいえば、お前はその前の十年間はベナット様の傍にいたということだ」
父は険しい表情で言いました。
「その通りです、お父様」
ベナット様とは、学園に入学して忙しくなったから疎遠に……と言うよりは、彼との関係はその前から上手く行っていませんでした。
「レニ・ミュルベ元男爵令嬢が、ベナット様と出会ったのは学園に入学してからだという。
調査したところ、彼女は一年でベナット様と深い関係にまで進展したそうだ」
ベナット様とミュルベ元男爵令嬢は、深い関係にあったのですね。
「ミュルベ男爵令嬢は、わずか三年でベナット様の心を完全に掌握し、彼に婚約破棄という行動までとらせるに至った」
お父様は一度言葉を区切りました。
「アリーゼ、お前が十三年かかっても掴めなかったベナット様の心を、彼女はたった三年で完全に掌握したのだ。
わしの言いたいことがわかるな?」
お父様が鋭い目つきで私を見据え、そう尋ねてきました。
「私が至らなかったばかりに、お父様にも公爵家にもご迷惑をおかけしました。
申し訳ございません」
私が、初めてベナット様にお会いしたのは五歳の時でした。
ベナット様は、初めてお会いした時から私のことを嫌っていました。
とはいえ、彼の心に寄り添うことができず、十三年かけても彼の心を掌握出来なかったのは、私の落ち度です。
言い訳のしようがありません。
「ベナット様の有責とはいえ、婚約破棄された私は傷物。
ですが、私にはまだルミナリア公爵家の長女という価値があります。
私と……いえ、ルミナリア公爵家と縁を持ちたいという貴族は大勢いるでしょう。
これから沢山お見合いをして、ルミナリア公爵家にとって一番最良な関係を築ける家の御子息と、結婚いたします」
ルミナリア公爵家の血を引く子を、
ですが、ルミナリア公爵家の為に私ができることはまだあるはずです。
「その必要はない」
父は冷たい口調でそうおっしゃいました。
「ですが、お父様……」
「最初にも言ったように、お前は政略結婚には向いていない」
父の眼光はいつもよりも数段鋭く、彼に睨まれた私は背筋がびくりとしました。
「お前が、ルミナリア公爵家の為にできることは何もない。
私がいいと言うまで、お前は家で大人しくしていなさい」
父は厳しい口調でそう言いました。
「わしの話は以上だ」
父はソファーから立ち上がり、執務用の机に移動しました。
私は、しばらくその場から動くことができませんでした。
貴族の令嬢として生まれた者は、家の利益の為に、より価値のある男性に嫁ぐのが勤め。
それなのに、政略結婚は向いていないと言われてしまいました……。
それはつまり私は、貴族令嬢として失格ということ……。
父に、戦力外通告を言い渡されてしまいました。
ベナット様との婚約が破棄されても、私にはルミナリア公爵家の長女という価値があります。
それがあれば、どこかの家に嫁ぎ、実家の役に立てると思っていました。
ですが、父にはそれすらする必要がないと言われてしまいました。
私の考えはとても甘かったようです。
私はこれからどうなるのでしょう?
修道院に送られるのでしょうか?
それとも領地で一生謹慎することになるのでしょうか?
「わしには仕事がある。お前は先に家に帰りなさい」
「はい、お父様」
ここにいると、父の仕事の邪魔になります。
今は冷静になる時間が必要です。
一度家に帰り、気持ちを整えましょう。
「お父様、お先に失礼いたします」
私は、父にカーテシーをしてから、彼の執務室を後にしました。
今までの疲れがどっと出たのか、体の動きが悪く、足がとても重かったです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます