第12話「ミュルべ男爵家の火事」



「王妃と結婚して十年間、私には子ができなかった。

 王太后は私が種無しだということを知っていたのだ。

 彼女は当時幼かったラファエルを

立王嗣の礼りっおうしのれいをさせ、彼を王太弟にしようとしていた」


王弟のラファエル様は陛下の二十四歳下の弟です。


王弟殿下は現在二十六歳。


陛下が側室を娶られた当時は、王弟殿下は七歳ぐらいだったはず。


「王太后の目的は、余が子供を作れない体であることを、重臣たちに知らしめることだった」


そうだったのですね、だから陛下は一度に側室を五人も娶られたのですね。


「余が側室を五人も娶っても、子供ができなかったら、

 余が子供を作ることができない体質だと、重臣たちも理解するはずだと。

 弟に王位を譲ることに反対する者はいないだろうと……。

 その上で王太后は、弟を立王嗣の礼りっおうしのれいを受けさせ、弟を正式にこの国の跡取りにする予定だったのだ」


そう語る陛下の顔には苦悩が混じっていました。


第一王子として生を受け、国王にまで上り詰めながら、子宝に恵まれなかったことが、彼の心を苦しめていたのでしょう。


「弟は余とは違い、幼い時から見目麗しく、聡明で、文武両道だった。

 王太后が彼を跡継ぎにと望んだ理由も、今ならわかる」


そう語る陛下は、遠くを見つめるような目をしていました。


「だが、当時余はまだ若く、自分が子供を作れない体質だと認めることができなかった。

 だから側室の一人であるオクタヴィアが懐妊したと知ったとき、余は舞い上がった。

『天国の母上見ていますか? 余にもちゃんと子供が作れましたよ!』と王太后の墓に報告に行った」


女性にとって子供が産めない体だと言われることが辛いように、

男性にとって子供が作れない体だと言われることは、

プライドを傷つけられることだったのでしょう。


「もしも、オクタヴィアが妊娠した時、王太后が健在だったら……。

 彼女は、オクタヴィアのお腹の子が、本当に余の子なのか徹底的に調べ上げたのだろう」


陛下は苦しげに目を伏せました。


亡き王太后殿下はとても聡明な方だったようですね。


「王太后なら、オクタヴィアのお腹の子がブラックウッド家の三男との間に出来た子だとすぐに突き止めただろう。

 王太后は、速やかにお腹の子もろともオクタヴィアを処刑し、ブラックウッド男爵家とムーレ子爵家を、即座に取り潰しただろう。

 全ては余の甘さと、余の無能さが招いたことだ……」


陛下は顔を上げ、眉間に皺をよせ、唇を噛み締めました。


「陛下の責任ではありませんわ。

 全ては子を産めなかった私のせいなのです」


王妃殿下が悲痛な面持ちでそう言いました。


「王妃、そなたのせいではない。

 余に種がないのに、どうやって子を作れというのか……。

 余のせいでそなたにも苦労をかけた。

 石女うまずめと呼ばれ、そなたもさぞかし辛かっただろう」


陛下は苦しげな表情で王妃殿下を慰めました。


二人の間にあるのは信頼関係なのでしょうか? それとも傷をお互いの傷を舐め合っているだけなのでしょうか?


どちらかは私には判断できませんでした。


「すまないな。余たちだけの世界に入ってしまった。話を元に戻そう」


陛下は王妃殿下を慰めるのをやめ、こちらを向きました。


「知っての通り、弟のラファエルは長年サルガル王国に留学している。

 卒業パーティーでベナットが騒動を起こした後、余は奴に手紙を書いた。

 手紙には、火急の用がある故に、すぐに帰国するように記した」


王弟殿下は我が国の学園を卒業した後、サルガル王国に渡り、魔術の研究をしていたはず。


「いい忘れていた。

 ベナットを誑かしたミュルべ男爵家の処罰についてだ。

 結論から先に言おう、余はミュルべ男爵家を取り潰した」


陛下は厳しい表情でそうおっしゃいました。


べナット様が失脚する原因となった、ミュルべ男爵家を陛下はお許しにはならなかったようです。


男爵家の取り潰しは、妥当な判断と言えるでしょう。


「ミュルべ男爵家の者たちの処罰だが……。

 余が処罰を下す前に、彼らは……男爵家の者は自ら屋敷に火を付け焼死した」

 

陛下は難しい表情を浮かべ、そうおっしゃいました。


一体、ミュルべ男爵家に何が起きたというのでしょうか?


「おそらく、卒業パーティーのあと、ミュルべ男爵家の当主は、娘がパーティーで犯した過ちを知ったのだろう。

 父親として責任を感じた彼は、屋敷に火をつけ、家族や使用人と共に、自害したのであろう」


父親として、娘のしたことの責任を感じるのはわかります。


だからと言って、使用人まで巻き込んで自害するなんて……。


「卒業パーティーで婚約破棄するなど、無謀極まりない。

 べナットになぜそんなことをしたのと尋ねても、あやつは『レニにそそのかされた』と繰り返すばかり……。

 レニという少女や、彼女の家族からも、事情を聞きたかったのだが……。

 取り調べの前に自害されてしまった。

 もはやレニという少女から、話を聞くことはできん。

 ……まことに残念だ」


国王陛下は眉根を寄せ、奥歯をぎりりと噛みました。


彼はべナット様をたぶらかした、ミュルべ元男爵令嬢に、非常に激しい怒りを覚えているようです。


「ミュルべ元男爵令嬢の教科書やノートが破られた件は、

 学園の関係者に話を聞いた結果、

 彼女の自作自演だということが判明した。

 ミュルべ元男爵令嬢に唆されたからとはいえ、

 べナットがそなたにつまらない濡れ衣を着せてしまったな。

 重ね重ね申し訳ない」


そうだったのですね。あの件は彼女が自ら仕組んだことだったのですね。


「その件につきましては、王妃殿下が私につけてくださった護衛が、私のアリバイを証明してくれました。

 陛下のご心配には及びません」


公衆の面前で冤罪をかけられたときは、嫌な気分になりましたが、その場で無実を証明することができました。


ルミナリア公爵家の名誉を守ることができました。


「そう、彼女達があなたの役に立ったのね。良かったわ」


王妃殿下はそう言って、目を細め、口の端を上げ、穏やかに微笑みました。


彼女は私のことを心配してくれたようです。


「はい。王妃殿下が貸し与えて下さった護衛の方々には大変助けられました」


私は王妃殿下にお礼を伝えました。


王妃殿下は「いつでも助けになるわ」と言ってくれました。


◇◇◇◇◇


長く続いた謁見は、ミュルべ元男爵令嬢の話で終わりになりました。


私は父と共に、退出する陛下と王妃殿下を見送りました。


陛下と王妃殿下に全て説明して頂いたのですが……ミュルべ元男爵令嬢が焼死したことだけが腑に落ちませんでした。


私がミュルべ元男爵令嬢を見たのは、卒業パーティーの時だけでした。


彼女には一度会っただけでしたが、追い詰められて自殺するようなタイプには見えませんでした。


むしろ彼女はしぶとくあがいて、自分の無罪を叫び続けるタイプの人間に見えました。


陛下のお話では、屋敷に火を放ったのは彼女の父親だとか。


彼女の父親は、家族と使用人を巻き込んで自害するほど、責任感の強い人だったのかもしれません。


なんにしても、ミュルべ元男爵令嬢の死により、彼女がべナット様に近づいた目的が、はっきりしなくなってしまいました。


彼女がべナット様を唆して、卒業パーティーで私に婚約破棄を突きつけた理由とは?


あの場でべナット様と私が婚約破棄すれば、本当に自分が正室になれると思っていたのでしょうか?


今さら考えても仕方のないことなのですが、気になってしまいました。


そのせいか、国王陛下や王妃殿下に謝罪されても、どこかすっきりしません。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



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