第6話 唯一

「――っと、あぶねぇなぁ。話も聞かずにいきなり斬りかかるなよ」

「話を聞く必要はないと判断しました。こんなところで待ち伏せている時点で、あなたは敵でしょうから」


 フォリナの動きに一切迷いはなかったが、男も反応が速く、振り切った剣は虚空を斬った。


「敵だなんて失礼だな。俺は――?」


 そこで、男が何か違和感に気付いたようで、顔をしかめる。

 フォリナはすでに剣を鞘に納めており、くるりと反転すると――男の首が地面に転がった。


「ひっ」


 レティシアは小さな悲鳴をあげてしまう。

 フォリナは男の首を斬っていた。

 だが、レティシアも男も、その事実に気付いておらず、彼女だけがそれを把握していたのだ。

 フォリナの言う通り、敵であることには違いないのだろう――だが、ここまで簡単に人を殺せるものだろうか。


「さあ、行きましょうか」

「……」

「お嬢様?」

「なんで、私を連れて逃げる必要があるの?」


 やはり、彼女のことが分からない。

 傭兵であったという過去――それを隠して付き従ってくれていたとしたも、フォリナだけならもっと簡単に逃げられるはずだ。


「以前にお答えしたはずですが」

「……?」


 レティシアは思い当たる節がなく、考え込んでしまう。

 すると、フォリナはレティシアの前に跪いた。


「! な、何を――」

「十年です。あなたにそれだけ長く仕えてきました。たぶん、昔の私ならきっと、あなたを置いて逃げたでしょう」


 そう言いながら、レティシアはフォリナに対して手を差し出す。


「……けれど、今は違います。それだけ長い時を過ごせば、私にも情くらいは生まれるようです」

「それはつまり、同情ってこと?」

「否定はしません。でも、それ以外にも」

「それ以外……?」

「たとえば、恋情」

「……!?」


 レティシアは驚き、一歩後退り――それを見て、フォリナはくすりと笑った。


「な、何がおかしいのよ!?」

「いえ――どうあれ、私はあなたを慕っていることは事実です。それ以外に、あなたと行動を共にする理由が必要ですか?」

「それは……」


 つまりは結局、レティシアに判断が委ねられる。

 思い返せば長い間――彼女と共にいた。

 そして、レティシア自身も、フォリナのことが好きなのだ。

 その『好き』がどういったものなのか分からない。

 けれど、彼女のことが好きだから、助けてくれた時は本当のところ嬉しかったし、彼女がどれだけ人を斬っても、こうして行動を共にしている。

 だから、レティシアの答えは一つだった。


「……安全なところまで、連れていってくれるのよね?」

「もちろん、望むのならどこまでも」


 ――フォリナに差し出された手を握り、二人で森の中へと消えていく。

 こうして一人の冷遇されていた王女は元傭兵のメイドに連れられて、王国を出ることになった。

 もし、この先裏切られることになったとしても構わない――レティシアはそう考えていた。

 だって、唯一――フォリナだけが傍にいてくれたのだから。

 彼女がそれを望むのなら、叶えてやりたい。

 それが、好きな人にできるレティシアにとっての唯一のことだから。

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冷遇王女と戦闘メイド ~唯一優しくしてくれたメイドが凄腕傭兵でした~ 笹塔五郎 @sasacibe

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