第5話 言い知れぬ感動

 ――地下水路の出口は、王都から少し離れたところにあった。

 外はすでに明るくなっており、その眩しさにレティシアは思わず目を細める。

 やがて、見えてきた景色は――視界に広がる自然。


「あ……」


 思わず、吐息のような声が漏れた。

 離宮にも庭はあるが、それはあくまで人の手によって作られたもの。

 近くを流れる川から、かつてここに繋げて水路として使っていたのだろう。

 今はそんな形跡もなく、草木が生い茂っていた。


「ちょうどすぐ近くに森もありますし、身を隠すにはちょうどいいですね」


 フォリナがそんなことを言いながら、足早へと森の方に向かっていく。

 レティシアの言い知れぬ感動は――簡単に彼女によって壊されてしまった。

 ――とはいえ抗議をしている暇もないし、フォリナの行動が正しいだろう。

 今、レティシアはようやく王都を出られただけなのだから。

 すぐにフォリナの後を追って歩き出すが、不意に立ち止まった彼女の背中にぶつかってしまう。


「ちょ、急にどうし――」


 言い終える前に、状況を理解する。

 先ほど、フォリナは使われていない地下水路では魔物が出ることがあると言っていた。

 そして、ここは森の近く――隠れ潜んでいた魔物達が、姿を見せる。

 視界に見えるだけでも五匹の狼だ。


「この辺りを棲み処にしている魔物のようですね。どうやら、私達が侵入してしまったようです」

「そ、そんな悠長なことを言っている場合なの……?」

「ご心配なく。この程度なら、戦うまでもありませんから」

「……?」


 フォリナの言っている意味が分からなかった。

 彼女は一歩、前に出ると――狼達は低く唸る。

 腰に下げた剣を抜く様子もないが、レティシアは背筋に寒気を感じた。

 より早く反応したのは狼達の方で、毛を逆立ててびくりと大きく身体を震わせた後――一目散にフォリナから逃げ去っていく。

 その様子を見て、レティシアは呆気に取られてしまった。


「さあ、行きましょうか」

「……いや、いやいやいや! 今の何!? 何をしたのよ!?」


 レティシアも、こればかりは無視できない。

 一体、彼女は何をしたのか。


「魔物というのは人間以上に殺気に敏感なんです。自分より強く、恐ろしい相手だと分かれば……戦わずして逃げる魔物も多いですよ。彼らはそういう危機察知能力に特化しているからこそ、自然で生きていけるんでしょうね」


 さらりとそんなことをフォリナは言ってのけた。

 殺気――そんなもので魔物を追い返せるなどと、にわかには信じがたいものだ。

 けれど、目の前で起こったことを考えれば、フォリナがやったことは事実なのだろう。

 魔物が本能的に、戦わずして逃げようとする――それほどまでに、彼女は強いということだ。


「そういう意味では、人間の方が愚かなのかもしれませんね」

「……え?」

「――姿を見せなさい」


 フォリナが森の方に向かって言い放った。

 人の気配など微塵も感じなかったのに、木の陰から一人の男が姿を見せた。


「やるねぇ、こっち完全に気配を消してたつもりだったんだが」


 肩を竦めながら、男は気さくな雰囲気で言った。

 見れば、両手には武器もなく――ひらひらと手を出しているところを見ると、敵意はないと強調しているようだった。

 だが、フォリナは迷うことなく男との距離を詰めると、腰に下げた剣を抜き放った。

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