第4話 何も知らない
王都の地下水路――レティシアが実際に足を踏み入れたのは初めてのこと。
実際は、離宮からの外出を認められたことはほとんどないため、王都のこともろくに知らないが。
今の状況では、王都をのんびり見ている暇などあるはずもない。
「足元にはお気を付けください。この辺りはもう使われていないので、整備などはされておりませんから」
先ほどまでは狭い道幅のすぐ隣には水が流れているような形であったが、今はすっかり乾いてしまっているようだ。
「さっきよりもむしろ安全に見えるけど。水も流れてないし」
「崩れやすくなっている場合もありますので。本来であれば、こういった場所は早々に閉鎖すべきなのですが――今は、残っているおかげで助かっていますね」
それは否定のできないことだった。
当たり前のことかもしれないが、この辺りには人の気配は全くないし、出入りした様子もない。
この先が王都の外に繋がっているのだとしたら、間違いなく安全な道と言えるだろう。
「それと、魔物が潜んでいる可能性もありますので」
「! 魔物……?」
――安全な道かと思えば、そういうわけでもないようだ。
レティシアが寝ていた廃墟もそうだが、王都の外れになってくると整備が行き届いていない場所が目立ってくる。
ますます、こんな場所を残しているのは王国の怠慢のような気がした。
「私、魔物なんてほとんど見たことないわ」
「離宮暮らしではそうでしょうね。たまに飛んでくる小さな魔物か、大きいものでも上空を高く飛んでいるために視認するのも苦労するでしょうし」
「フォリナは――見たことあるの?」
「そうですね。以前は嘘を吐きましたが」
魔物の話は――フォリナから聞いたことがある。
彼女はレティシアに合わせてなのか、「私もあまり魔物には詳しくないんです」とはぐらかしていた記憶だが、実際には違うのだろう。
「……その、傭兵の仕事でも魔物を倒す、とか?」
「私の過去について詮索しているおつもりですか?」
「!」
図星を突かれ、思わず足を止めた。
――彼女の傭兵だったという過去、それが気にならないはずがない。
レティシアの知らない部分であると同時に、彼女のその経験によって生かされている状況だ。
「べ、別にそういうつもりじゃ……」
「そうですか。念のため――知らない方がいいことも世の中にはあります」
フォリナにそう言われては、レティシアもこれ以上は踏み込むことができない。
『死神』――彼女が傭兵だった頃の通り名で、レティシアを襲った刺客ですら、その名を知っているほどだった。
けれど、その正体を隠して――フォリナはレティシアのメイドとして今まで共に暮らしてきた。
(……正体を隠すために、私の傍にいた――それだけの関係、よね)
何故か、胸の辺りが締め付けるような感覚がある。
――優しかった彼女の裏の顔とでも言うべきだろうか。
今、一緒にいるフォリナはいつもと変わらない雰囲気ではある。
だが、昨日――レティシアを狙った刺客の全てを彼女は葬った。
人を殺すということに、彼女は何の躊躇いもないのだ。
狙ってきたのだから正当防衛ではあるのだろうが――少なくとも、レティシアにはそんな覚悟はなかった。
(……私、フォリナのこと、何も知らないのかも)
思い返してみれば、彼女はあまり自分のことを話したがらない。
身の回りの世話をしてくれるし、レティシアの話にも付き合ってくれる。
大体、読んだ本の内容のことばかりだが、彼女は果たして――どういう気持ちでレティシアと共にいたのか。
「フォリナ――っ!」
彼女を呼び止めようとして、不意にレティシアはバランスを崩した。
そのまま転び落ちそうになるが、フォリナがすぐにレティシアの身体を支える。
「足元にはお気を付けください――そう、ご忠告しましたが」
「……ごめんなさい。考え事をしていて」
「考え事は、無事にここを切り抜けてからにしてください」
フォリナに注意され、レティシアは黙って頷くしかなかった。
――彼女の言う通りだ。
何であれ、まずは王都を脱出しなければならない――けれど、レティシアの脳裏には常に、拭えない不安があった。
無事に王都を脱出したとして、果たしてこの先――どうやって生きて行けばいいのだろう、と。
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