第3話 好機

 ――レティシア・ウェンドールは幼い頃から虐げられてきた。

『ウェンドール王国』の第二王女として生まれたレティシアであったが、母はレティシアを生んでから間もなく病死。

 レティシアは生後間もなく――常人よりも高い魔力を有しているとして、初めは将来を期待された。

 だが、その魔力性質が『黒』であったこと――それが、彼女が忌み子として扱われるようになった原因である。

 王族において魔力性質が『黒』の者は災いをもたらす――古くから信じられてきたことであり、レティシアの母も魔力の性質は黒ではなかった。

 いわゆる隔世遺伝――稀にではあるが、血筋において魔力性質が遺伝することは少なからず例がある、

 魔力性質が『黒』であることが何故、王族においてはタブーとされるのか――それは、魔力の性質によって得意とする魔術が変わることに起因する。

 特に黒魔術や呪術と呼ばれる分野――それが、魔力性質『黒』がもっとも得意とするためだ。

 やがて、彼女は存在を疎んじられ、離宮での生活を強いられることになる。

 仮にも王族――幼い彼女が離宮で暮らす上で彼女の世話係が必要となった。

 だが、疎まれていると分かっている彼女と共にいてくれる者など、簡単に見つかるはずもない――かと思われたが、意外にもその人はすぐにやってきた。


「はじめまして、フォリナ・ハズベルです。今日から宜しくお願い致します」

「――」


 今でも、その時のことは鮮明に覚えている。

 優しく、手を差し伸べてくれた彼女の表情を――


「お嬢様」

「……?」


 目を開けると、そこは廃墟の中だった。

 身体を包むのは少し汚れた毛布で、顔を上げるとそこには見知った顔がある。


「フォリナ……? なんで、お嬢様なんて――あ」


 そこまで言って、思い出す。

 つい先日――離宮であった出来事のことを。

 そして、彼女の正体についても、だ。

 お嬢様――その呼び名は、レティシアが誘拐された王女としてすでにフォリナと共に手配されているからだ。

 人目につかないように王都を移動して、ようやく外れの方までやってきた――が、そこでレティシアの体力が限界を迎えてしまい、こうして休むことになったのだ。

 長い離宮での生活、体力をつける機会もなく、はっきり言えば――フォリナにとっては足手まといだろう。

 彼女はローブに身を包んでいるが、メイド服は身に着けたまま。

 その腰には、鞘に収まった剣がベルトで固定されている。

 彼女は常に周囲を警戒している様子だった。


「まだ寝惚けているようですね。近くの井戸はまだ枯れていないようでしたので、顔を洗ってきてはいかがでしょうか?」

「だ、大丈夫よ。……というか、貴女はちゃんとあなたはちゃんと眠ったの?」

「ご心配なく。一日、二日程度なら眠らなくても問題ありませんので」

「いや、問題あるでしょ……」


 思わず、突っ込みを入れてしまう。

 十年以上、一緒にいればこれくらいの軽口を叩き合うくらいの仲にはなる。

 けれど、心のどこかでは引っかかっているものがある。

 見た目も、口調もそのままだけれど――レティシアの知らない部分が、彼女にはある。


「まだ夜が明けたばかりですが、王都を抜けるなら今が好機かと。夜が明ければ、本格的に王国騎士団も導入されることになるでしょうか」

「……騎士団、ね。でも、王都から出るにはどのみち門を通り抜けないといけないわよ」


 当然、見張りが目を光らせていることだろう。

 あるいは、すでにそこで待ち構えている可能性だって十分にある。


「その点については抜かりなく。この近くに王都の中心に向かう水路があります」

「水路? でも、王都の中心に向かうってことは――あ、外から引いているのね。つまり、そこを通って外に出ると」

「理解が早くて助かります。支度ができましたら、まずは王都を抜けましょう」


 できるだけ早い方がいいだろう――レティシアはすぐに支度を始める。

 ただ、結局慌ただしくなってしまい、聞きたいことはろくに聞けないままであった。

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