第2話 長い年月
――視界に入ってきたのは、メイド服に身を包んだフォリナが剣を握り、その剣で刺客の腹部を突き刺している、という信じられない状況。
いつの間にか窓が開いていて、彼女はそこから入ってきたのだろう。
だが、何もかもがレティシアにとっては驚きしかなかった。
そんな彼女を尻目に、フォリナは刺客から剣を引き抜くと、雑に蹴り飛ばす。
出血と共にごろごろと刺客は転がって、わずかに震えた後――動かなくなった。
レティシアにも、刺客が死んだことはすぐに理解できてしまう。
他――控えていた刺客の仲間は動揺した様子で言う。
「貴様は他の奴らが捕えていたはず……。どうやって抜け出した?」
「抜け出すも何も、私のところに来た者達なら全員斬りましたよ」
「……斬った? まさか、外の奴らも?」
「ええ、全員」
「ただのメイドが、そんなこと」
「これから死ぬあなた達が知る必要もないこと、でしょう?」
――今まで見たこともない、冷徹な表情でフォリナは淡々と答えた。
フォリナは視線を残った刺客に向けたまま、小さな声で言う。
「レティシア様、目を瞑っていてください」
「……え?」
「分かるでしょう? 少し過激なことをしますから」
過激なこと――視線の先に、転がった刺客の死体と、床を赤色に染める鮮血が目に入る。
レティシアは拳を握るようにして、目を閉じた。
それから、耳に入ってきたのは戦いの音。
何度か、金属のぶつかり合う音も聞こえ、呻き声も届く。
いっそのこと、耳も塞いだ方がいいかと思ったが――やがて静かになった。
レティシアがゆっくりと目を開くと、立っていたのはフォリナ一人だけ。
刺客は全員倒れ伏し、部屋は血に染まっていた。
思わず口元を押さえてしまう――あまりの惨状に、言葉が出ない。
まだ息のある刺客が、フォリナに向かって言い放つ。
「お、前……その顔、見覚えがある、ぞ。それに、フォリナという名前……『死神』と呼ばれた女傭兵――」
「その呼び名、あまり好きではありませんので」
そう言って、フォリナは刺客の背中に剣を突き立てて、トドメを刺した。
あっという間に刺客は全員、フォリナによって殺されてしまったのだ。
返り血で汚れたメイド服に身を包んだフォリナが、レティシアの前に立つ。
「お怪我はありませんか?」
「……大丈夫、だけど。さっきの、『死神』がどうととかって」
「その件については――まあ、概ね今死んだ奴が言ってた通りね」
「……!?」
突然、フォリナの口調が変わり、レティシアはさらに動揺した。
そのまま、フォリナは鮮血に濡れた剣をレティシアに向ける。
「これが私の正体――昔ね、傭兵をやってたのよ。戦場で人もいっぱい殺してきた。だから『死神』。冷遇されてたあんたのところなら、身を隠すにはちょうどよかったのよね」
「……『死神』」
フォリナの正体は傭兵――そんなこと、レティシアは当然知らなかった。
だが、思い返してみれば――レティシアが転びそうになった時には先読みするかのように身体を支えてくれたり、食器が落ちそうな時にはそれを目にも止まらぬ速さでキャッチしたり、確かに普通のメイドにしては尋常ではない反応速度があったのは間違いない。
ただ、それくらいなもので――こうやって、レティシアを狙った刺客を圧倒する強さを持っているなど、想像すらしなかった。
「……私を、殺すの?」
レティシアはフォリナに問いかけた。
剣先を向けられている以上は、その可能性は捨てきれない。
フォリナは身を隠すためと言っていた――つまり、その正体は知られたくなかったものなのだ。
それを、レティシアは知ってしまったのだから。
「死にたい?」
「っ、死にたくはない、けど」
「けど?」
「私は……生きていてもいいの、かな」
――この状況で、何を言っているのだろう。
けれど、レティシアは考えに反して言葉を続ける。
「誰にも必要とされなくて、命を狙われて、信頼していた人からも――剣を向けられている。私って、生きてたらいけないのかな……なんて」
気付けば、涙が止まらない。
頭の中がぐちゃぐちゃだった。
「――じゃあ、選択肢をあげる」
「……?」
フォリナは剣先を向けたままに告げる。
「一つは、ここに残る道。もちろん、その道を選べばあんたは死ぬことになるでしょうね。始末をつけてほしいのなら、私が殺してあげてもいい」
「っ」
びくりと、身体を震わせる。
フォリナの目は本気だ――この選択をすれば、彼女はレティシアを迷いなく斬るだろう。
「もう一つは――私と一緒にこの国を出ること」
「……え?」
その提案は、レティシアも予想していないものであった。
「そんなに驚くこと? ここにいたら死ぬんだから、生きる道は私と一緒に来るしかないでしょ」
「……連れて行ってくれるの?」
「――仮にも、長い年月お仕えしましたので」
レティシアがよく知るフォリナの口調に戻り、彼女の表情もまた――普段通りになっていた。
気付けば、フォリナに刺し伸ばされた手を握っていた。
フォリナはレティシアを抱きかかえると、そのまま離宮を飛び出す。
「まずは王都を出ます。レティシア様は、私にしっかり捕まっていてくださいね」
レティシアはただ、無言で頷くことしかできなかった。
――この日、一人の王女が行方をくらますことになる。
表向きには『王女誘拐事件』として公表されることになった。
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