passé

「トリあえず、面接は以上です」


 採用面接も終盤。


 グループ面接をそつなくこなした……はずである私は、面接官のその言葉にゴクリとツバを飲み込んだ。


「何か皆様から、質問したいことはございませんか? なければこれで終了といたします」


 質問ならば、ある。正直、メッチャ質問したい。


 だけどここは採用面接の場。会社のことや選考に関わることならいざ知らず、ごくごく個人的な……それも面接官のプライベートに関わるような質問はするべきではないだろう。


 だけど! 正直!! メッチャ質問したいっ!!


「何かある方は……」


 何ならこの部屋に入室した時から訊ねたかった。


 一目視線が合った時から、訊ねたくて訊ねたくて仕方がなかった。何なら速攻ツッコミたかった。


「挙手をお願いします」


 その! トリの被り物は!! 何なんですかっ!?


 そう。三人いる面接官の中央。


『人事部・鳥井とりい』という札が置かれた席に座っている人の首から上は、ファンシーなトリだった。いや、正確に言うならば、着ぐるみのようにフワモコの、デフォルメされたトリの被り物だった。


 声からして、多分中身はダンディなオジサマだ。だけど見た目はやたらファンシー。面接官が三人ともそんな感じなら『あ、御社の社風なんですね?』とも理解……いや、理解はできないけど、何となく納得……もできないけど、何かとにかく空気を読んでいられる。


 だけど! 真ん中の席に座った一番お偉いさんっぽい人だけそんな感じなんだもんっ! 左右の人はいたって普通なんだよっ!? こんなの違和感バリバリじゃんかっ!!


「すみません、質問よろしいですか?」


 私も含めて、受験者は4人。みんな微塵も動揺を見せずに粛々と面接は進んでいたから、私もその空気に合わせていたけれども。


『ここでそんな言葉が出るってことは、ツッコめってことっ!? いや、この問いかけ、他の会社でもあったわ!!』と顔に出さずに混乱していたら、私の左隣に座っていた男子がスッと手を上げた。


 お、行く!? 君、行っちゃう!?


「どうぞ」


 鳥井さんは落ち着いた声で質問を促した。その言葉に男子はうっすらと顔に緊張をにじませながら口を開く。


「本日、こちらの部屋に入室した時から気にかかっていたのですが……」


 いいぞ、ブチかませ、細井君! ……いや、細田君? 細川君だっけ?


「足元に落とされている万年筆、鳥井さんの物ではないですか?」


 いや、そこなんかーいっ!!


「ん? ああ、ほんとだ。ありがとう。気付いてなかったよ」

「いえ。面接に関係のない発言を、失礼しました」

「いやいや」


 足元に視線を投げ、次いで椅子を引いて万年筆に手を伸ばした鳥井さんは、細某君に笑みかけたようだった。……トリの被り物のせいで、よく分からなかったけども。


 その後もみんなトリの被り物には触れることなく、無難な質問がパラパラと出て集団面接はお開きになった。


 私? ……トリが気になりすぎて、それどころじゃなかったよ。


「はぁ……」


 私は『お帰りはこちら』と書かれた貼り紙の案内に従い、廊下を進んでいく。行きとは通路が違うけれど、ちゃんとエレベーターホールにたどり着けるんだろうか。


 あーあー……落ちたな、多分。他の会社に賭けるっきゃないかぁ……


 そんなことを鬱々と考えながら、ノロノロと廊下の角を曲がる。


 その瞬間、だった。


 ピリッと、静電気が走るような衝撃が全身に走る。まるで静電気のカーテンの中に突っ込んだみたいな感覚だった。


 驚いてうつむいていた顔を跳ね上げる。


 その瞬間、目の前に広がっていた光景に私は思わず立ちすくんだ。


「えっ!?」


 切石が敷き詰められた床に、古い教会を思い起こさせる石の柱。正面には綺麗なステンドグラス。その前にいかにもアンティークっぽい優美で重厚な椅子が一脚置かれている。


 だけど私が釘付けになったのは、その幻想的な光景のどれでもなく。


「鳥井、人事課長……?」


 この光景に酷く似つかない、安物のスーツにファンシーなトリの被り物の、推定ダンディな男性。


 先程まで……何なら今だって後ろのグループの集団面接を捌いているはずである鳥井さんが、なぜか椅子の傍らに控えるかのように立っていた。


「トリあえず、合格おめでとう、仁科にしなあやめさん」

「へ? 合格? 何で? てか、この場所って……」

「実はうちの会社、少々特殊でね」


 声だけで朗らかに笑っていると分かる鳥井さんは、ゆっくりと私に向かって足を進めてくる。革靴のかかとが立てるカツン、カツンって音が、高い天井に反響してやたら大きく聞こえた。


「あなた、僕の頭、どんな風に見えてます?」

「へ?」

「変な風に見えてるでしょ?」


 私の前までやってきた鳥井さんは、少し上体を傾けて私の顔をのぞき込んだ。


 どれだけ距離を詰められようとも、やっぱりそこにあるのはファンシーなトリの被り物で。ヒトらしい表情が一切見えないそれが、今は何だか恐ろしい。


「ショージキに言ってごらんなさい? 君には僕の頭がどう見えてるの?」

「ど、どうって……トリ、ですが……」


 距離を詰められ、後ろに下がることもできなかった私は、おずおずと正直なところを口にした。


 その瞬間、表情を変えないはずである被り物のトリの目がキラリと光る。


「実はそれねぇ、『素質』があるヒトにしか見えないんだ」

「へ……っ!?」


 素質?


 素質って、……え、何?


 え? じゃあ『普通のヒト』には何がどう見えてるっていうの? もしかして『笑ってはいけない就活面接24h』を課されていたのは私だけだったのっ!?


「最近は『素質』がある子に行き合うのも稀でねぇ。いやぁ、今年は仁科さんみたいな子が来てくれて良かった!」


 カラカラと快活に笑う鳥井さんに何と答えればいいのかも分からず、私は口をパクパクさせながらへニャリとその場にへたり込んだ。


 そんな私に、トリの被り物を被った鳥井さんは、トリあえず手を差し伸べた。


「トリあえず。我が社へようこそ、仁科あやめさん」

「な、内定辞退は……」

「認めるわけないでしょ」


 どうやら私の就活は、強制的に終了させられてしまったらしい。


 いや、そんなことってある?


「これからどうぞよろしくね」


 鳥井さんはあくまで朗らかに、容赦なく言い放った。


 私がその会社……株式会社レシーが担っている『幻想葬送業』というものを知るのは、新入社員としてレシーに入社し、鳥井課長率いる幻想葬送課に配属になってからのことだった。

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