鳥井課長のトリあえず〜株式会社レシー幻想葬送課の業務録〜

安崎依代@1/31『絶華』発売決定!

présent Ⅰ

 ──どうしてこんなことになってるんだっけ?


 防火扉の影に隠れた私は、バクバクとうるさい心臓を無理やり押さえるべく、本を抱える腕に力を込めた。


『ガス爆発の危険性があるため』というもっともらしい緊急避難命令が出されて人の気配が消えたショッピングモールは、ひどくガランとしていて不気味だった。誰もいないのに煌々こうこうと灯ったままな照明と、平時と変わらず絶えず流れ続けるBGMがその不気味さに拍車をかけている。


 私は防火扉に背中を預けたまま、ソロォ……と陰の先へ視線を投げた。その先にの影があることを確認した私は、さらにゴクリと空唾を飲み込む。


 ──今日の『仕事』は、『鶴の恩返し』から逃げ出した『鶴』の確保。


 何でも、恩返しに行った家がブラック企業並みにヤバいお家だったらしい。無理やり労働契約を結ばされた鶴は、全身にハゲができるほどにはたを織り続け、ついにはボイコットのために物語の外へ逃亡した。


 その経緯から人間への敵意が強く、接触は大変に危険。アパレル関係の店を選んで暴れ回っているため、金銭的被害も大きい。


『早急に確保されたし』という要請を受けて、幻想葬送課から人が派遣されることになったわけだけども……


 ──いや、でも、何で私?


 私の視線の先には、人気服飾ブランドの店頭で大暴れする鶴がいた。『クケェッ!!』と奇声を上げ続けている鶴は、存外鋭いクチバシで並べられた服を片っ端から切り裂いている。


『うわぁ、鶴って案外大きいんだなぁ……』なんて、思わず現実逃避に走った瞬間、左耳に装着したインカムから声が聞こえた。


仁科にしなさん、どう? トリあえず、何とかなりそう?】

「いえ、無理です、鳥井とりい課長」


 モールの警備事務所の防犯カメラでこの現状を確認しているであろう上司へ、私は迷うことなく即答する。だが喰わせ者な上司は、いつものごとく私の話を華麗にスルーした。


【トリあえず、その本に鶴を戻せば任務は完了だ。いつものごとく、手段は問わない】

「ですから、無理ですって」

【大丈夫、君はできる子だ】

「無理なものは無理です」

【では、検討を祈る!】


 ──人の話を聞けっ!! このトリ頭っ!!


 文字通りの上司に向かって内心で怒りの声を上げながら、私は『こんなこと』が『日常』と化してしまった発端に思いを馳せた。

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