【番外編】〇Thousand Million 藤堂裕太

 あまり知られていない話だが、レコードレーベルのリロードレコーズ所属のアーティストにはマネージャーがしっかりついている。

 しかし、社長教育の賜物なのか、所属アーティストたちは自己管理がきちんとできすぎているため、その存在はあまり公になっていない。……というか、都市伝説と化している。なんでも元・幕府の隠密だとか御庭番の血筋などがマネジメントを務めているとか、なんとか。


 もちろんそんなことは噂に過ぎないのだが、今日、僕・藤堂裕太はその都市伝説になっているリロレコのマネジメント会社の面接に行くことになっている。

 もともと僕は音響関係の専門学校を出ていたのだが、卒業してからしばらくの間引きこもっていた。ありがちなモラトリアムとでも言えばいいのだろうか。いや、そんな青臭いものではない。ぶっちゃけご時世的なもので就職先がなかったのだ。

 

 そんなこんなで既卒者枠で就活先を探していたところ、ヒットしたのがリロレコ傘下のマネジメント会社『Thousand Million』だったわけだ。

 正直最初は会社名を聞いてもどこの会社かわからなかった。何と言っても『都市伝説化しているリロレコのマネジメント会社』だもんなぁ。

 会社説明会のとき、初めて『あのリロレコの』と聞き、僕はびっくりした。本当にあそこのアーティストたちにマネージャーなんているんだ、と。

 リロレコのアーティストたちは自己管理がしっかりしすぎている、と言ったが、会社説明会で聞いた感じだと、月1回分刻みのスケジュールをFAXで送っているとのことだ。今時ずいぶんアナログな方法ではあるが、スマホだとファンに情報が漏れるかららしい。情報を抜き取るアプリなんかも今はたくさんあるからね。

 そして、送迎はなし。いかに芸能人のオーラを消し、社会の雑踏に紛れて出勤できるかということも試されるのだと聞いた。結構ビッグネームなんかもいるのに、セキュリティとかどうなっているのか謎だが、その謎は案外簡単に話してもらえた。なんでも、『芸能人のオーラを消して社会に溶け込んでいると思い込ませているだけ』――所属アーティストの乗るバスや電車は、実際公共交通機関なのだが、こっそり『Thousand Millionの社員が貸し切っている』らしい。いかに所属アーティストたちに一般人の感覚を忘れないようにさせるか――これがリロレコとThousand Millionの方針だ。まぁ、ちょっとやりすぎている感じもあるっちゃあるけども。

 

 だけど、この話を聞いた僕は息をのんだ。つまり、満員電車を一車両借りても、それが「仕込みだ」とアーティストに気づかれないくらいの社員たちがそろっているということなのだ。これはとんでもないところに応募してしまったような……。元・隠密、御庭番という噂もあり得ない話ではないんじゃないかという気がしてきた。


 朝6:30、起床。スマホのアラームが鳴ると同時に、ショートメールが届いた。誰だ? こんな朝からショートメールって。SNSじゃないってことは、知り合いでもない。


「え? Thousand Million?」


 会社からだった。面接会場変更のお知らせだ。


『誠に申し訳ございませんが、面接会場を下記場所に変更させていただきます。

 ・11:00- 最寄りのカラオケ店


 お手数ですが、ご対応のほどよろしくお願い致します。』


 ご、ご対応って!? 最寄りのカラオケ店って、どういうことだ!? 不安になった僕は、さっそく質問を添えてメールを返信する。朝早すぎるけど、僕が起きたタイミングでメールが来ているってことは、もう出勤している人たちはいるってことだ。ブラック企業街道まっしぐらな感じではあるけども、仕方がない。就職先は選べない――それが現代社会だ。


『Thousand Million 採用ご担当者様

 お世話になっております、本日面接にお邪魔させていただく藤堂裕太と申します。

 面接会場が「最寄りのカラオケ店」となっておりますが、それは会社から一番近くのカラオケ店ということでしょうか?』


 返事は秒で来た。タイピングが速いのか? それとも、想定内の質問だったということだろうか。若しくは……。


『藤堂裕太様

 お世話になっております、採用担当の佐藤と申します。

 本日の会場は「藤堂様の家から一番近いカラオケ店」でございます。

 ご足労をおかけいたしますが、どうぞよろしくお願い致します。』


 え……? 僕のアパートから一番近いカラオケ店!? 驚いたが、僕はまた息をのんだ。そうだ、ここの会社は「ヤバい」。

 想定内の質問なんかじゃない。きっとこれは「僕のことを徹底的に試す合図」だ――。


 11:00、10分前。

 僕は指示通りに最寄りのカラオケ店の前に来ていた。開店と同時に面接ってことだろうか。にしても、カラオケで面接ってどういうことだろう? 不審に思っていると、僕と同じようにスーツの女性と男性が何人かうろうろしている。彼らも面接? 声をかけてみようかと迷っていたところ、店から黒いネクタイ、黒いスーツの男性が出てきた。


「本日Thousand Millionの面接に起こしになった方、こちらにお集まりください」


 エレベーターの前に立った男性の周りに、僕以外にも10人くらい集まる。こんなに面接を受ける人がいるのか。どうしよう。一体どんな面接だっていうんだ? ひとりひとり順番に呼ばれるとしたら、相当時間がかかりそうだし……。

 春。まだ4月だというのに、僕は緊張と日差しの暑さですでに汗ばんでいた。


 2回にわけてエレベーターに乗ると、みんな4Fにあるカラオケ店の入り口に集合した。さっきの黒ネクタイ・スーツの面接官が、フロントのスタッフに声をかける。


「予約していたThousand Millionです」

「お待ちしておりました。16名様ですね。5Fの17号室へどうぞ」


「ありがとう。あ、君たち。ここは飲み放題だし、面接中は自由に飲み物を飲んでいいからね。トイレ休憩も各自、好きに行ってくれ」


「へ?」


 飲み放題? 自由退席可能って……。なんていうか、これってまるで……カラオケじゃん! いや、カラオケに来ている状態で「カラオケじゃん!」っていうツッコミはおかしいんだけど、集団でカラオケに来た学生サークルとかゼミ生みたいな感じじゃん!? どういうこと!?


 面接に来ている他のみんなも、困惑しているようだ。それでも面接官は自分の飲み物をドリンクバーで注いでいる。それを見ていた数人が、同じようにグラスに氷を入れ、ドリンクをつぐ。普通のカラオケで見る光景……というか、みんなスーツだから、まるで新入生歓迎会の二次会みたいな感じとでも言えばいいのだろうか。違うな。馴染んだ感じなどまったくないし、みんなよそよそしい。


 『油断するな』。僕は自分の心にそう刻む。今日はカラオケに来たんじゃない。『面接』に来たんだ。これは油断させておいて、あとから「ガッ!」とされる可能性だってある。

 ドリンクを持った就活生から、外階段を使って5Fの部屋へ移動する。僕もウーロン茶を注いでその列へ加わった。


 5Fの部屋は、いわゆるパーティールームみたいな場所だった。就活生はぐるっと壁際に円陣を組むように座らされている。ここで何をしろっていうんだ? 待合室的な感じか?

 きょろきょろするのもなんだし、面接官に注目していると、マイクをオンにして話始めた。


「今日はThousand Millionの面接にお越しくださいまして、誠にありがとうございます。これから集団面接を行います。ちょっとうちの社の面接は変わっていましてね……これは社の方針なのですが、これからみなさんにリロレコ所属アーティストの曲を歌っていただきます」


「はっ!?」


 数人が声を上げる。そりゃそうだ。一発芸ならぬ、カラオケ大会が集団面接の正体だなんて。中にはきっと、歌に自信のない人だっているだろう。もうこれは半ばパワハラとでも言える。


 場の雰囲気が硬直するところ、面接官は続けた。


「ひとり何曲歌っても構いませんが、最低1曲は歌ってください。採点機能も使いますが、点数は面接には関係ありません」


 嘘だろ。「面接に関係ありません」と言って学歴フィルター通すのと同じ理屈だ。でもなんでカラオケなんだ! 僕らはマネージャー職で来てるのに、これじゃあアーティスト枠じゃないか!


「質問がある方はいますか?」

「はい」


 ふたつ隣の女性が手を挙げる。


「これは……面接辞退も可能ですか?」

「もちろんです。合わないと思った方は、いつでもご退室いただけます。どうぞ」

「…………」


 その女性はバッグを持って一礼すると、部屋を出る。他に2人、あとを追うように退室した。


「他は? ……いないようでしたら、面接を進めますが」


 いいのか、僕。出ていかなくて。ここの会社は得体が知れない。だけどもさすがに2年も無職だったんだから、就職して親を安心させなくては。それに、いつまでもあると思うな親と金。ひとりで生活できるくらいの金がなくては……。

 この面接、受けるしかない。そもそも受かる保証自体元からないんだし。


「では、始めましょう。誰から行きますか?」

「…………はい」


 体育会系っぽい体格のよい就活生が手を挙げた。こういう場所に慣れているのだろうか?


 僕と同じくらいの年齢の彼は、タブレットを持つと選曲を始める。縛りはリロレコ所属アーティストだ。何を歌うんだろう。


「おお、3+ですか」


 面接官は楽しそうにしている。何か特徴や様子をメモしたり、ということはない。……一体何が目的なんだ? この面接は。


 彼が歌い始めると、みんな手持無沙汰になったのか、飲み物を飲み始める。曲録のタブレットを借りて見ている人もいる。面接官は歌を聞いているようで、楽しそうにノッている。 

 彼の歌は可もなく不可もないと言った感じだ。特別うまいわけではない。そりゃそうだろう。僕らはプロではないし、歌のオーディションに来たわけでもないんだから。

 歌い終わると、採点だ。――88点。この採点機能が今日ほど恨めしい日はない。


「どんどん次の人は曲入れて行っていいからね?」

「あ、じゃあ次私が……」

「次、タブレット貸してください」


 なんだかみんな積極的だ。僕と同じく、就活の先が見えないのか? と思ったけれど、この雰囲気なんだか知ってるぞ……。


 あっ、そうだ! 昔、親に連れられて行った『オフ会』の雰囲気だ!


 僕の両親は、『YUMIKI』というバンドのファンをやっている。それで、ネットの付き合いか何かで夫婦と子ども三人で、オフ会という交流会に参加したのだ。

 うっすらとした記憶でしかないが、あのときもこんな風に円陣に座って、順番に歌って行ったっけ? 結構大人数が参加した会だったので、ぶっちゃけ盛り上がったのかどうかすらも覚えていないが、あのときも『YUMIKI』縛りで、みんな気を使ってかぶらないようにしていたっけ。


 そうか、この面接の目的がわかったぞ! 「人とのコミュニケーション」だ。他の就活生に気を使いながら、場を盛り上げる。僕以外にも気づいた人が数人いた。その気づいたやつらは、その場にあったタンバリンやマラカスをすでに装備していた。くっ、出遅れたか!


 みんな続々と曲を入れていく。歌を歌っていく。僕も何か入れなきゃ……。何か歌わないと。無理に作り上げているノリノリな場の雰囲気を壊さないように、タブレットとにらめっこする。


「……あれ?」

「入れた? 次貸してください」

「あ……はい」


 まずい、入れそびれた。多分、今貸した人で曲を入れていない人は僕以外ゼロ。どうしよう。タブレットは次から次へと回されて行って、僕の手の届かないところまで行ってしまう。


 大勢いるカラオケ店で最低1曲歌うだけ。それだけのことなのに、僕はできないでいる。この場の空気が嫌だ。重苦しく、肺に真っ黒い闇を落としていく。密室だからか、息苦しい。早く外に出たい……。


 そんなことを思っていたときだった。


 面接官の方が、僕の横に移動してきた。まずい、曲を入れていないことに気づかれたのだろう。今までずっと画面か歌っている人を見ていたと思っていたから油断した。


「君、歌ってないね。なんで?」

「……ないんです」

「歌える曲がないってこと?」

「いえ、違います。『歌わなきゃいけないバンドの曲』がないんですよ」


 僕の言葉に面接官は、一瞬目を細めた。


「バンド名は?」

「『B.B』です。リロレコ設立当初の伝説的バンドじゃないんですか?」

「……君だけだよ、1曲歌ってないのは。どうする?」

「歌います」

「そうですか」


 面接官が手を伸ばし、タブレットを回してもらう。ここまで来たら、歌うしかない。どうせ歌は下手だ。でも下手なら下手なりに根性を見せないとと思って、レーベル設立当初にいたバンドの曲を歌おうと思ったんだけどなぁ。

 曲が入っていないなら、ある曲から選ばなくちゃいけない。これは仕方ない。


 しばらく考えたのち、僕は1曲入れた。


 ひとり何曲でも入れていいということで、2曲目、3曲目を歌う人から順番を待って、とうとう僕の番になった。曲が流れる前の一瞬、静かになる。「なんてタイトルの曲だろう」――この空気が嫌だ。


『Billion―ゾンビスクラップ―』


 タイトルが表示されて、カウントが入る。最初はシャウトだ。


「うぉぉぉぉッ!!!!」


 ライオンみたいに僕は吠える。歌がうまいとか下手だとかは関係ない。というか、僕は下手だろう。下手でも問題はないはずだ。とりあえず、羞恥心を捨てて歌うことが面接の条件。僕は仕事を手に入れるために、歌う。どんなに下手でもいい。とりあえずこの数分間、耐えれば――!


 なんとか歌い終わると、僕は肩で息をした。熱唱とはいかないまでも、わりと真面目に歌ったから。問題は「採用には関係ないと面接官が言っている採点」だ。


 出てきた文字にごくりと唾を飲む。――『この曲は、採点できません』。


 歌って採点するまでが面接の条件だけど、僕の賭けは……。


「合格だよ、藤堂くん」

「おめでとー!!」

「やったな、新入社員!!」


 いきなり、就活生だと思っていた人たちが隠し持っていたクラッカーを鳴らす。


 ちょ、ちょっと待て! 一体全体どういうことだ!?


 隣にいた女性が、マイクで僕に話しかける。


「まぁ、これでThousand Millionがどんな会社かわかったと思うけど」

「い、いや!? 全然わかってませんけど!?」

「意外と鈍いなぁ。この面接自体が『壮大な仕込み』なんだけど?」


 離れていた席から、男性が同じようにマイクで話しかける。


 ……仕込み? え? ってことは……。


 面接官――いや、仕込みの代表の人、と言ったほうがいいのだろうか――に、マイクが渡ると、説明してくれた。


「今年の採用募集は1名だったんだよ。君は唯一の一次試験突破者だ。そして今日、集団面接を受けたわけだが、見事合格。この集団面接は、全員仕込みの中で、『君がどの曲を選ぶか』が注目点だったんだよ」


 唯一の一次試験突破者……。じゃあ、もう面接を受けていたのは僕一人で、ここにいる全員社員ってことだよな!?


「すっげぇハメられてる……」


 思わず本音が漏れると、女性が笑った。


「あはは、これ、みんなが通る道だから。っていうか、本当に目のつけ所ばっちりだね。ゾンスクのBillionが『採点できない曲』って知ってたの?」


「ええ、まあ。本当はB.Bの曲にしようと思ったんですが、入っていなかったので」

「やべぇ策士入ってきたぞぉー?」


 男性社員が盛り上げると、フゥーッ! と声が上がる。面接官代表の黒いスーツの方が、ネクタイを緩めた。


「君の情報はすべて手に入っているよ。君は『伝説の策士』と言われている、あの『藤堂』か」

「……はぁ、ご存じでしたか」

「勿論」


 伝説の策士……。

 うちのじいちゃんのばあちゃんの、じいちゃんの……いや、まぁとりあえずすごく昔、江戸より前の戦国時代から、藤堂家というのは『裏の参謀』として活躍していたらしい。だが、決して表にはならず、裏からこの国を動かすフィクサー。それが、僕の血筋だ。


「君はやっぱり素質があるよ。血は争えないのか」

「いやぁ……そんな祖先のことなんて知ったこっちゃないですけどね、この時代」

「わぁ、冷めてるなぁ」


 周りの社員さんたちが僕を冷やかす。とりあえず、僕が歌ったところで面接は終了し、なんとか合格――そのまま内定をいただくことができた。


 ……というのが、今年の4月。そして、今日は入社式だ。


 その間に内定者懇談会が何回かあったが、やっぱりThousand Millionの仕事内容はまだまだ不明なことばかりだ。とりあえず、僕に求められていることは「超一流のモブになること」と「アーティストの本質を見ること」だと教えてはもらった。

 だけどそれが具体的にどういうことなのかはわからない。

 今の時代、学校じゃないんだから「仕事は盗め」とか言われそうだけど、どうやって盗めばいいのかすらわからない。


 これも入社したら少しはわかるようになるのだろうか。

 

 僕はTシャツに穴の開いたジーパンを履くと、原宿の『本当の本社』へと向かう。原宿にスーツは怪しすぎるからな。


 ボディバッグを持つと、とりあえずスニーカーの紐をきつく締める。


 さあ、いよいよ出立。

 僕の社会への初陣。果たして勝敗はいかに。

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