〇歩道橋にて

「どうした? 家まで乗せてもらえばよかったじゃないか」

「ここで降りた方が安いんだよ。アストは引きこもってるから知らねぇんだろうけど」

「まぁ、そもそもタクシーなんて使わないもんね。あたしも」

「オレもこんな時間まで出歩かないんで。遅くなる時は事務所の寮に泊めさせてもらってるんですよ」

「へぇ、そうだったんだ? オレと一緒じゃん! なんで気づかなかったかな~?」


パーティー会場を抜けて来たケン、ノゾミ、アスト、翔太、玲は、

タクシーにぎゅうぎゅう詰になりながらもアパート近くの歩道橋で

タクシーを降りた。

アストが金を払うと、全員車外へ出て深呼吸をする。


「ケンさんと松本さん、ほんっと酒くさいっす……」

「翔太も慣れろよ。ミュージシャンなんてこんなんばっかだぞ?」

「レイ、俺は違うぞ? 飲んでもまったく酔わないのでな。奏多もだろう?」

「ったく……ガキどもはうるせぇな」

「だけどさ、うまく行ったと思う? あのふたり」


車内では混雑していたので誰もしゃべらなかった。

ライブにパーティー。さすがに疲れていたのだ。

だが、車で30分ほどゆっくりして、全員復活したといったところか。


5人はふらふらしながら、歩道橋のふもとでぴたっと立ち止まる。

そうだ。ふたりの行く末――。

ネクラで奧手&ヘタレの笹井と、ド天然をはるかに通り越して頭の中が

天国状態の静。


「告白、したよね!?」


ノゾミの質問を、ケンはアストに投げる。


「したよな、アスト」

「いや、きちんとはしていない。琉成がしたことは、静さんをステージに連れ出しただけだ。

あとはふたりで帰って行った。告白はそのときしたのかどうか……」

「え!? あのダメ男、また告白のチャン逃したんですか!?」

「翔太って本当、Ryuseiに厳しいね……『ダメ男』って」


5人は頭を抱えた。

ここまで告白の場を整えたのだ。

これで「好きです」のひとつも言えなくては男じゃない。


「あ、でもさ、告白してなくても、なんとなく……っていうのもあるし?」

「高橋っつったか? それはねぇと思う」

「あたしも同意」

「そうですね……笹井さんの性格から考えて、恋愛レベルは中1レベル」

「ひどっ! いや翔太、Ryuseiはホントはモテるんだからね!? あえて彼女を作らなかったってだけで……って、なんでオレだけRyuseiの肩持ってるんだろ」

「だが、きちんと『お付き合いしましょう』というのはいると思うぞ?」

「30代童貞が言うな!」

「だから俺はもう……」

「えっ」


ケンがアストから身を離す。


「でもさー、このままアパートに帰りづらいよね。どうする? ケン」

「とりあえず、酒買ってくるか~」

「え!? さ、酒!?」

「翔太とレイは俺がホットココアでもごちそうしてやろう」


5人はコンビニに入ると3人の成年はがっつり生ビールのロング缶、翔太と玲は

ホットココアを買うと、のんびりと歩道橋にのぼった。

歩道部分につくと、ノゾミとケンは下を走る車を眺めた。


「今日は少ないな」

「だね。まぁ、夜中だし」

「空も澄んでいるな……」


3人の大人は、コンビニの袋を回すと缶ビールを手にする。

プシュッ! と音を立てると、出てくる泡を吸う。

高校生’Sはココアをすでに手にしている。

5人は歩道橋並び、各々の飲み物を同時に口にする。


「……はぁ」


ココアを飲んでいたふたりからは、白い息。

ビールをあおっていた3人はげふ、とゲップする。


「うまくいってるといいな」

「え!? ケンがそういうこというの、珍しい!」


ノゾミが笑うと、アストもうなずく。


「いや……あのふたりには俺もうまくいってほしい。琉成も静さんも、いい人だ」

「何をもっていい人だと思うの?」


玲がたずねると、再びビール缶を傾けて、ケンは笑った。


「俺は今まで仲間っつったらMAXLUCKのやつらだけだと思ってた。

だけど……ここのアパートは居心地いいんだよ。

柄じゃねぇけど、『仲間』って感じがして……あ~、やべ。今日は飲んでるな!」


「俺もだ、ケン。俺はSODが解散して、警察官になったが……

結局ひとりが一番だと思った。だが、仲間の良さを再び感じることができたのは、

このアパートのみんながいたからだ」


「ふうん……」


ノゾミはずっとビールに口をつけている。


「あたしもひとりっちゃひとりだったな。狛江はいたけどさ。

静さんに会って、人の優しさに触れた気がする。

憧れの人とこうやって飲んだりすることもできるようになったしね!」


「『憧れの人』?」


アストと翔太、玲が首をかしげる。

ケンはただ、ふっと笑うだけだ。


「まぁ……ここのアパートに思い入れがあるのは、オレもですけどね」

「翔太?」

「ダメ男ですけど、笹井さんはずっと尊敬していたミュージシャンでしたし、

今日は一緒にステージに立てた。オレはもうこれで……」


「ふうん。みんなにとって、ハイツ響って特別な存在なんだな」


玲がそういうと、4人は笑った。


「だったら……嫌でもうまく行ってもらわないとな?」

「でも今夜は帰れそうもねぇな!」


ケンが言うと、ノゾミとアストがにやける。


「俺たちは近くのカラオケでオールな! 拒否権はないぞ?」

「りょ~かい!」

「拒否権がないなら仕方ないな」


「翔太はうち泊まる? そこのブロッサムロードの10階。

親は今日いないし、一緒にゲームでもしね?」

「いいの? だったら行くけど……心配だなぁ、笹井さん」


心配する翔太に、ケンとノゾミ、アストが言った。


「そればっかは俺たちにどうしようもできねぇからな」

「そうそう。今日だけは……ね」

「特別な夜になってるかはわからんが、俺たちがアパートに帰るのはNGだ。

邪魔をしたらいけないからな」

「……そうですね。オレも笹井さんと静さんのこと、応援しますよ」

「なんだ、ハイツ響は音楽以外でも仲いいんじゃん! オレが応援する必要ないな~」

「いや、アキラの応援は必要だからっ! オレはやっぱり、アキラがいないとさ」

「翔太は少しオレ離れしてよ……」

「ま、今夜のみんなの行き場所は決まったんだ。ここで解散、だな」


ケンが翔太と玲の頭をくしゃっとなでる。


「あ、ちょっと! なにしてんの!?」

「ん~? ノゾミもしてほしいのか? おりゃあ~っ!」

「ち~が~うっ~!」

「嬉しそうではあるがな?」

「井ノ寺も余計な事言わないでよっ!」


だけど、5人の気持ちは一緒だった。

にやりと笑みをこぼすと、飲み物を全部飲み干す。


空には星が。

下には車のライト。


今日は最高の気分だ――。

5人の気持ちはそれぞれだったが、高揚していたのには間違いない。

大人3人はまた駅前にあるカラオケへ。

高校生ふたりは、玲のマンションへと向かった。


――ふたりとも、うまくいってくれよ。


その気持ちだけは一緒だった。

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