苗床
@shizaki_ao
ティーパーティー
ある夏の日。
俺は一枚の招待状を手に、森の中を歩いていた。
自宅からバスと電車、そしてまたバスに乗り約一時間半。バスを降りて森の中に入ってからは一時間ほど経っただろうか。目的地にはまだつかない。
たかが招待状一枚で何時間もかけるなんて阿呆らしい。
差出人も分からないティーパーティーの招待状。
普段なら見て見ぬふりをする。例え差出人が知り合いだったとしても、何かに理由をつけて参加を拒否する。それでも来てしまったのは好奇心によるところが大きい。
送り主も分からない。何故自分を招待したのかも書かれていない。そして会場が山奥。
普通のティーパーティーを知らないが、普通ではなさそうな雰囲気を感じていた。
ただ、原動力だった好奇心も何時間もの移動の中で薄れ、ここまで来てようやく我に返った。
自分は何をしているんだろう、と。
先程からずっと汗が噴き出している。舗装されているわけでもない道を歩き続けてかなり体力も奪われた。
こんな状態になってまで参加したいのか、と。
それにティーパーティーとは、煌びやかでオシャレなイメージが強い。汗だくでだらしないこの姿は場違いではないか。恥をかいて終わりではないか。
マイナスな思考に襲われ引き返そうかとも思ったが、ここまで来てただ引き返すのも何か癪に障る。
意地だけで足を前に進め十数分、ようやく人工物らしきものが見えた。
それは、建物として見れば大きいが城と呼ぶには少し小さかった。
ティーパーティーというからには、会場はメルヘンチックな装飾の大きな城というイメージだったが、飾り気のない建物を前にがっかりすると共に少し安心もした。
本当にイメージ通りのメルヘンチックな城だったなら入ることなく引き返していただろう。
中を見て退屈そうなら帰ればいい。
そう思いながら扉の前に立つ男に招待状を見せて中へと入る。
飾り気のない外観とは打って変わって建物内は眩いほどに煌びやかな装飾が施されている。そのまま奥へと進むと赤と金を基調とした広い部屋に通された。
やはり場違いだっただろうか。自分と同じく招待状を手にしているあろう人達は皆オシャレな服かワイシャツのようなまともな服装をしている。
スポーツ用の長袖インナーに半袖シャツと半袖パーカー、スポーツ用のタイツと半ズボンに運動用の靴。
控えめに言ってもティーパーティーを舐めてるとしか思えない格好だと自覚はしている。
だが会場が山奥なのが悪い。まともな服は持っているが場所が場所なだけに動きやすさを重視してしまった。
そもそも、他の奴らはそんな動きづらそうな服でどうやってここまで来たのか。見た感じ車が通れそうな道もなかったし、そもそも人が歩けるようなまともな道もなかった。
そんな疑問を浮かべつつ、そそくさと部屋を出ようとするが、扉の前に立っていた男に止められる。
勝手に帰ることは許さない、ということらしい。
渋々部屋の隅の壁に背をつけ周りを見回す。
既に席に着いている者、知り合いなのか立ち話をしている者、俺と同じように一人でいる者と様々だ。
人数は、後から入ってきた人も含めて三十人ほどだろうか。一人くらい知り合いがいれば幾分かマシだったが、ここにいる人はどれも知らない顔だ。
年齢も見た感じ分からない。若そうな雰囲気の人もいれば、三十を超えてるような見た目をしている人もいる。
ティーパーティーがどんなものなのか想像はつかないが、知り合いのいないティーパーティーは絶対に退屈だということだけは分かる。
早く帰りたい。
口にも態度にも出さないが、そんなことを心の中で何度も呟きながらその時間になるまで待っていた。
午前十時。
時針がその時間を差した時、扉から一人の女性が入ってきた。
二メートルを超える身長、腰まである長い黒髪、深紅のドレスが映える雪のように白く透き通った肌、目深に被った帽子で顔ははっきりと見えないが美しく綺麗な女性だった。
歩く姿ひとつとっても気品溢れるような、この場の誰もを圧倒するようなオーラがあった。明らかに住んでる世界が違う。
この女性こそがティーパーティーの主催であり、招待状を送ってきた人物ではなかろうか。確信はないが、招待客にしては明らかに異質だった。
ドレス女性は豪華に飾られた椅子の横に立つと周囲を一瞥しお辞儀をした。
「本日はお越しいただきありがとうございます」
声を張っているわけではないのにはっきりと聞き取れる透き通った声。
ちらほら聞こえていた話し声もぴたりと止み静寂が訪れる。
「三分間、死なないよう必死になってくださいね」
そう言うとドレス女性は砂時計をテーブルに置いた。
その言葉を理解できなかった。日本語なのだから何を言っているのかは分かる。だが、どういう意味なのか全く理解ができない。だからと言って聞き返そうにも、一番離れているこの場所から声を張る気にもなれなかった。
誰かが言葉の意味を聞くだろう。そう思って動かないでいると、ドレス女性はゆっくりとした足取りで一番近くにいたワイシャツ男性の前に立った。
そして次の瞬間には、喉が裂け崩れ落ちる男性の姿と返り血を浴びたドレス女性の姿があった。
何が起きたのか理解できなかった。それは、この会場にいる誰もがそうだっただろう。二人目、三人目と、喉を掻き切さかれ床に転がる他参加者の姿を目の当たりにしてようやく理解が追いついた。
逃げなければあの女に殺される、と。
周りも状況を理解したようで、そこかしこから悲鳴が響く。
とりあえず殺されないよう立ち回るしかない。
外へ出る手段は残念ながらない。入ってきた扉が開かず絶望を叫ぶ彼らの姿が視界に映ったからだ。
テーブルクロスのおかげでテーブルの下はいい隠れ場所になっている。一旦潜り込むことも考えたが、逆に周囲の状況が分からないのはデメリットでしかない。絶対に見つからないのなら隠れてもいいが、あくまで見つかりにくい程度だ。それに、目を凝らすと既にテーブルの下に何人か隠れている姿が見える。
会場自体はかなり広い。隠れるという選択肢を捨てた自分ができることは、できるだけテーブルを挟んで対角線上の位置に立つということしかない。
テーブルを飛び越えるなどというティーパーティーに相応しくない行動はしてこないだろう、と考えての位置取りだ。まあ、人を殺している時点で相応しい相応しくない以前の問題だが。
幸いこちらに向かって来ることはない。少しでも休んで体力を回復させなければ、としゃがんだ瞬間、すぐ隣に立っていた女性の首から血が噴き出した。
ドレス女性から目を離しはしたが油断はしていなかった。いや、油断はあったのかもしれない。この距離なら突然標的をこちらに切り替えても多少の余裕はある、と。
咄嗟に横へ飛び退き、手と足で地面を押し出して全力で距離を取る。
後ろを見る余裕など全くないが、足音と周囲の反応で分かる。
追いかけられている。距離はほぼ無いに等しいだろう。恐らくは全速力を維持しなければ死ぬ。
だが維持し続けることは不可能。出力も徐々に落ちてくるだろう。
どうにかしなければ。
他人を犠牲にするか?
それは有りだ。ここにいるのは知りもしない赤の他人。自分が死ぬことに比べたら他人の死は軽い。
だが近くには誰もいない。自分の身代わりを捕まえるために走っても、先に体力が底を尽きるだろう。
もうひとつ策がないわけではないがリスクが高い。とはいえ、この状況で他の策など思いつくはずもない。
体力がまだ残っているうちに、と一か八かの賭けに出る。
真っ直ぐ走っていた状態から無理矢理方向転換して横のテーブルの下に滑り込んだ。
斜めにテーブル下を突っ込んでいき、そのまま飛び出して再び走り出して距離を取る。
背後から追いかけてくるような足音は聞こえず、壁際まで走りながら後ろを振り返った。
ちょうどドレス女性がテーブル下に隠れていた青年の首を引き裂いているところだった。
深くまで裂け、重力に耐えきれずその頭はひっくり返るような形でテーブルの皿の上に落ちた。
青年の顔が偶然にもこちらを向いている。もう既に死んでいるはずだというのに、何故かこちらを睨んでいるように見えた。
仕方がなかった。そこにいると分かっていて滑り込んだ俺も悪いのかもしれないが、それ以上にそこにいたのが悪い。恨まれる筋合いはない。自分が死なないために利用しただけなのだから。
青年の体を投げ捨てると、ドレス女性は目標を俺ではなく別の者へ切り替えた。
首筋から垂れる血を指で拭う。テーブル下を滑り込もうとした時に、散々人の喉を掻き切ってきたあの爪がかすったのだろう。少し痛む。
あとどれだけ逃げ回ればいいのだろうか。三分と言っていたが、今どのくらい経ったか分からない。
あのドレス女性の発言自体信用していいものかは分からないが、もう三分くらいは経ってもいい頃ではないか。
この地獄のような状況が早く終わってほしいと思っていると、それまで散々追いかけては殺してを繰り返していたドレス女性の動きが止まった。
掴んでいた女の子の頭を離すと、ドレス女性は再び豪華に飾られた椅子の横に立ち、砂時計を手に取った。
「余興はお楽しみいただけましたか? 紅茶もそろそろ頃合いです。最高級の茶葉を用意しておりますのであちらの扉から出て二階へどうぞ。おくつろぎになってください」
血を滴らせていなければ何も思わなかっただろう。だがこの状況でそのようなことを言われても恐怖という感情に支配されて一歩が踏み出せない。それは周りも同じだろう。誰一人として動く者はいなかった。
「私の用意した紅茶は飲みたくない、ということでしょうか? これ以上は味が落ちてしまうのですが……飲みたくないということなら、残念ですが皆さんここで死んでいただくしかありませんね」
その言葉を聞いた瞬間、誰もが扉に向かって走った。この発言が嘘ではないと分かったからだ。
部屋を出た瞬間、足が止まった。
この扉は部屋に入った時と同じだ。そのはずなのに、二階へ続く階段しかない。部屋を出て右手が最初に来た道のはずだ。だが今は壁になっている。
触ったり軽く叩いたりしても何もない。はりぼてというわけでもなさそうだ。本当にただの壁。
他の誰もそのことに気付いていないようで足を止めることなく階段を上っている。
異様なことの連続で外への道が消えたことすら気付かなくなっているのだろうか。
とりあえず周りに合わせて階段を上る。が、足を止める。
声が聞こえる。誰かとの会話のようなもの。先程までいたあの部屋からだ。
階段を下りる。誰にも気付かれないように静かに、一段ずつゆっくりと。
扉は完全に閉まってはおらず、中の様子を窺うと、ドレス女性の横にもう一人立っている。声からして同じく女性であることは間違いないだろうが、深紅のドレスを着た女性とは対称的に半袖パーカー服とジーンズというラフな格好をしている。
「────って言ったよね? ねえ、聞いてる?」
「ええ、聞いています。ですが、いいじゃありませんか。良い茶葉を作るには良い肥料が必要不可欠ですから」
「だからってどんだけ減らしてんのよ」
「今回は生きることを諦めていたヒトが多かったことですから仕方ありません。それに私が手を抜いて、それで生き残った彼らに何の価値もありません。以前にもお話しましたが、死を前にした時、ヒトは最も強く生に執着するのです。それこそが最高の……」
「──分かった分かった。その話は耳にタコができるほど聞かされたから。でも九人しか残らなかったんだよ? どうすんの?」
「また招待状を送る、それでよいでしょう?」
「私の仕事が増えんじゃん。……ってか、何か視線感じるんだけど」
その言葉で咄嗟に身を隠す。
パーカーの女性はずっと背中を向けていたはずなのに。恐らくは勘でそう言っただけだろうが、本当にいることに気付いているのだろうか。顔は見られただろうか。様々な不安が頭の中を埋め尽くす。
「私が確認します」
ドレス女性のその言葉が聞こえるより早く、音を立てずその場から離れた。
一段飛ばしで階段を上り、急いで他の人たちのいる二階の部屋へと入った。
追ってきてはいない。安堵のため息を漏らし、空いている席に着く。
心臓がうるさいほど音を立てている。落ち着かせようと胸に手を当て深呼吸するが全く静かにならない。
あの二人の会話の内容はよく分からなかった。それに、見つかるかもしれないという恐怖に上書きされてもう記憶からほとんど抜けている。ただ、ヤバい話をしていたということだけは覚えている。
ここからどうすればいいのか。どうやってここから抜け出そうか。
先程の一階の部屋もそうだったがこの部屋も窓がない。他にはどこに繋がっているか分からない扉がふたつだけ。
扉の先を調べようと席を立とうとした時、自分たちが入ってきた扉が開きドレス女性が入ってきた。
先程までの血塗れだった姿はなく、血の一滴も付着していない綺麗な姿をしていた。
服装は変わらず深紅のドレスを着ている。
この短時間で着替えられるのか。そんな疑問を抱きかけたが、それ以上に恐怖で心臓の鼓動が早くなり思考が停止に向かい始めていた。
見られていないと思っていたが、実は見られたのではないか。目撃者を消すためにここへ来たのではないか。殺される。
「皆さん、私の紅茶、冷めないうちにどうぞ」
ドレス女性のその言葉と慣れた手つきで紅茶をカップに注いで回る姿を見て、恐怖で止まっていた思考が動き始める。
実際は自分の姿を見られていない。もしくは、目撃者が誰なのか断定できていないのではないか。
あくまで仮定に過ぎないが、目の前に目撃者がいるのに即殺しに来ないのだからほぼ間違いないと言っていいだろう。
ならばすることはひとつ。素知らぬ顔をして紛れること。
恐怖で呼吸が酷く乱れたり、表情が酷く強ばったり、といったあからさまな動揺は、自分が目撃者だと公言しているようなものだ。
呼吸はいつも通りのリズムで、表情を変えず、心拍数を正常に近付ける。そして、怪しまれないよう行動を周りに合わせる。
周りがティーカップを手に取り飲み始める。こんな状況で何故飲めるのか甚だ疑問だが、やや遅れてティーカップを手に取るとゆっくりと傾け紅茶に口をつけた。
味は、分からない。
味がしないわけではない。ただ、単純に分からない。味覚音痴ではないが、自販機で売ってるような紅茶との違いが分からない。
これが美味しい紅茶の味なのか?
味の違いが分かる人もいるようで、その人の反応を見ながら似たような反応をする。
飲み干し、二杯目を注がれるがやはり味の違いは分からない。
味わうフリをしながら二杯目を飲み終えて少し経ち、誤嚥してしまったのか突然小さく咳込んだ。
それと同時に何かが吐き出されるような感覚があった。口元を押えていた右手には葉の欠片のようなものがいくつかある。
葉っぱを食べた記憶はない。紅茶は茶葉から抽出しているものだが、飲んだからといって口から葉が出てくるはずがない。
再び咳が出る。同じく葉の欠片が吐き出された。何か異様なことが起きているのは確かだが原因が分からない。
周りも同じように咳込んでいおり、葉だけでなく小枝を吐き出している者もいる。
冷や汗が流れ、背筋が凍るような感覚が襲う。先程とは違った恐怖が徐々に身体を蝕む。
三度目の咳。小枝が吐き出されると同時に、何かが喉元まで上ってくるような感覚がした。
喉が開いた状態なのか嗚咽が止まらない。反射で涙が出る。苦しくて両手で喉を押える。唾液が口から溢れ出てくるが、どんな無様を晒していようと気にする余裕がない。
喉元まで上ってきていたそれが口から飛び出す。
それは、木だった。
口から飛び出すと枝分かれし、大きく広がる。次第に幹は大きくなり、喉がさらに広げられていく。
声が出ない。息ができない。痛い。苦しい。
意識が遠くなり視界が揺れる。
死にたくない。
そんな願望を最後に意識が途切れ死を迎えた。
カーテンの隙間から陽が差し込む夏の暑い朝。
意識が覚醒するや否や、布団を蹴飛ばし飛び起きる。
激しく鳴る心臓の鼓動と汗で全身がぐっしょりとした状態で顔や首を触り、先程までの出来事が全て夢であったと気付く。
夢で良かったと安心すると同時に、あそこまで情けない人間だったのか、と自分に嫌悪感を抱く。
死を恐れ生に執着することのなんと情けないことか。夢の中であれ、あのような醜態を晒すなど恥知らずにもほどがあるというものだ。
まさか被食者になるとは。皮肉のつもりだろうか。
気分が悪いまま身支度を整えると、テーブルに置いてある紙を手に取った。
中学の同窓会の招待状。
あの頃のクラスメイトとはもう十年以上会っていない。昔と比べて雰囲気は大分変わった。恐らく誰も気付かないだろう。逆に、俺はクラスメイトの顔を見ても誰なのか思い出せないだろう。もう中学時代の記憶はほとんど残っていない。誰がどんな顔をしていたのかも思い出せない。とはいえ少し楽しみだ。
ポケットに招待状を突っ込み、適当な上着を羽織る。それから玄関で育てている植物にジョウロで血を与えた。
植木鉢に収まっている干からびかけていた生首は心做しか嬉しそうに見える。口から生えた木も立派に育ち、いくつか実をつけている。
赤と青の混じったような色をした黒い実。ビー玉ほどの小さなその実をいくつか手に取る。
「いってきます」
誰もいない部屋に向かってそう言うと、作り笑いを顔に貼り付けて同窓会へと向かった。
苗床 @shizaki_ao
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