第2話 luck is on my side

 陽射しの入りかけた朝焼けのなか、オールは目を覚ました。

 身体中に染み付いた自身の血と傷の塞がった身体を忌々しそうに見つめ、外の川に飛び込んだ。

「………………いいか。」

 オールはそう呟くと、びしょ濡れのまま家に入り、得物を担ぐ。

「肉、分かってるだろうにゃ?」

「…………チッ。」

 オールは喉をならした黒猫の方を振り返ることなくドアを開けた。






 ヒソヒソ……………

 いつも噂されることに慣れていたオールであったが、いつもと違う雰囲気に耳を傾けた。


「レナールで………」

「……か戦争……」


 オールは真偽を確かめるため、傭兵管理所へと走り抜けた。




 バァン!という音と共に傭兵管理所のドアが思い切り開く。

 朝が早いこともあってか、中には支部長のガウェインのみであった。

「ジジイ!扉壊したら分かって…」

 ガウェインは歯を剥き出しにして怒りを露にするも、オールは気にすることなく受け付けの前に立った。

「ガウェイン、レナールで戦争。」

「…もう嗅ぎ付けやがったか…………」

 ため息を吐いたガウェインの反応を見て、確信に変わったオールはニヤリと笑った。

「いつからだ。相手は?」

 身をのりだし、今か今かと待っている。

「ハァー……相手は隣のジュキアだ。レナールもジュキアも傭兵申請をしてるから、またうちが潰し合うんだろうな。」

 ガウェインは中立こその欠点を上げ、ぼやくように嘆いた。

「そんなことはどうでもいい。いつだ。」

 しかし、このジジイにそれを慰める優しさなどなく、眼中にないようだった。

「………再来週が目安だとさ。」

 一瞬胡乱な目でオールを見たが、やはり無駄だったと悟り、会話を続けた。

「そうか、申請を。」

 オールは懐からドッグタグを取り出した。

 それは経年劣化や朝の水浴びのせいで錆びてボロボロになっていたが、管理所に察知されている魔法は優秀なようで、問題なく識別した。

「へいへい。

 はいよ、向こうで見せれば……って、言わなくても分かるか。」

 お決まりの台詞を言いかけたが、これこそ無駄だったと後悔した。

「無論だ。何回出陣したと思ってる。」

 オールに馬鹿にされたガウェインは青筋が浮かぶも、心を落ち着かせた。

「っ!………もう向かうのか?」

「あぁ………いや、行くのは明日だ。」

「珍しいな。」

 予想外のオールの返答に眉を上げて目を見開いた。

「癪だが、買うものがあるんでな。」

 オールはそう言って管理所から出た。




 オールはその日、そのまま狩人管理所に向かうと、討伐依頼を五つ受け、その金を全て肉屋に使った。

 次の日の朝、オールはいつも通りの格好でレナール行きの馬車へと乗り込んだ。












「買い物………まぁ、あいつでも準備はするか。」

「あのぅ……」

 うるさいジジイを見送ると、裏から職員がこっそり顔を出した。

「ん?あぁおはよう。どうした?」

「あの人、いなくなりましたか?」

 職員はオールに相当怯えているようだった。

「あぁ。」

「そ、そうですか………あの人怖くないですか?」

「……管理所の支部長がそれを言ったらまずいだろう?」

「ふふ、確かにそうですね。」

「でも、あれでも他の街では英雄扱いなんだぜ?」

「えぇ!?」

 職員はとても驚いたような声を出した。

「一度戦争に出れば必ず勝利をもたらす戦神ってな。この国の五十年続く無敗神話はあのジジイが戦争に出るようになってから始まったんだぜ?」

「え!?学校では精強な兵士のお陰と教わりましたが………」

「そりゃそうさ。一介の傭兵に助けられてるなんて、脅されても話せないだろ。」

 ガウェインはくくくと笑った。

「じゃあ、なんであんな………あの人のお陰で私達は平和に暮らせてるのでしょう?」

「確かに、国が隠してるだけでジジイは英雄なんだろう。けど、あの態度で敬う奴なんかいねぇよ。

 だから俺達の態度はあいつの行動が元だ。気にやむ必要はない。」

「そ、そうですか…………」

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残忍酷薄なクソジジイの日常 麝香連理 @49894989

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