残忍酷薄なクソジジイの日常
麝香連理
第1話 The worst present every day
「ねむ………」
朝日が昇り始めた頃、辺境の町クラリッサから少し離れた岡の上にある一軒家。そこに住む、白髪の老人が目を覚ました。
寝ぼけ眼を擦りながら外に出ると、すぐ近くの川に身体ごと飛び込む。ジャボン!という音の後、全身ずぶ濡れのまま川から出て、家の前に座り込む。
「今日は二時間もあれば乾くか。」
一年中暖かい気候だからこそ出来る荒業を開始しつつ、老人は二度寝に入った。
「おい、おいコラ起きろ。」
「あぁ?」
老人が煩わしそうに目を開けると、艶やかな黒に覆われた猫が顔に肉球を喋りながら押し付けていた。
「だらしないぞオール。仕事に行け。」
黒猫は呆れたように老人を咎める。
「あ?黙れ糞猫。」
オールと呼ばれた老人は悪態をつくと、腰を上げて家の中に入った。
「オール、今日の飯は?」
黒猫が窓から入ると、机の上にちょこんと座った。
「これでも食ってろ、糞猫。」
オールがキッチンらしき所から何かを取り出し、机の上に放り出した。
「てめぇ!こりゃ、薬草じゃにゃーか!俺は肉が食いたいんだ!」
「あぁ?相変わらず食い意地張った糞猫だ。
ほれ。」
「何を……ぎょわぁぁぁ!?ネズミなんか投げんじゃにゃー!」
「あ?猫と言えばネズミだろ?」
「黙れ!俺はグルメなんだ!それに……」
「へーへーそござんした。」
オールは適当に流しつつ、得物の大剣を持って外に出た。
「肉買えよぉー!」
窓から顔を出して叫ぶ黒猫になにも反応せず、オールは岡を下った。
「ゲッ………オール爺さんだ。」
「まだ生きてたのか……」
「おい、聞かれるぞ。」
「あんなの持って、怖いわぁ。」
クラリッサ市街地に入ると、聞こえてくるのは罵詈雑言。しかし、オールは気にも留めずに歩いていく。
傭兵管理所。
この世界の最北端と最南端のを中心に各地域にある組織。戦いを専門としている人材を育成、管理、活用するのが目的だ。
最北端は寒さで、最南端は暑さにより作物を育てるのが難しいため所属する人が多く、依頼があれば戦争や護衛、略奪なんかを請け負い出兵させる独立組織だ。
そのため個人としては別でも、組織としては中立を維持している稀有な存在である。
そんな組織のドアをオールが開ける。
中にいた人々は一度オールの方を見るも、すぐさま目を背け、いないように扱う。
「おい。」
オールは受付まで向かうと、受付嬢の一人に声をかけた。
「ヒ……なんでしょう?」
「戦争、あるか?」
「しょ、少々お待ちください!」
受付嬢が奥に引っ込み、しばらく待つ。
「オールさん、うちの職員を怖がらせないで下さいよ。これでダメになったらどうしてくれるんですか?」
この場で一番権力のある、クラリッサ支部長のガウェインが宥めるように喋る。
「知るか。他にも使い道はあるんだろ?」
オールの発言に、眉がピクリと動くガウェイン。
「で?依頼はあるのか?ないのか?」
「今はありませんね。」
「チッ!……向こうに行くか。」
オールはそう言って傭兵管理所を出た。
狩人管理所。
こちらも傭兵管理所同様に人材の育成、管理、活用をしているが、傭兵管理所との違いとして、戦争には積極的に参加せず、魔獣討伐が主な仕事である。そのため、魔獣の肉や革を狩人管理所で換金し、その魔獣の素材を国に売っている。
そのため依頼も貴族や国からの物も多々ある。
傭兵管理所、狩人管理所。どちらも異なる方法で中立を維持している。
そして、傭兵管理所と狩人管理所は敵対しているわけではないため、二つの組織に登録することも可能である。
こちらも同様、中にいた人々は一度オールの方を見るも、すぐさま目を背け、いないように扱う。
狩人管理所では、掲示板にある依頼書を受付に持っていく方式のため、オールも他の人達同様掲示板の前に立つ。
しかし、オールが近付くと掲示板にいた人達はサッといなくなる。
「………ヨツワシか。」
ヨツワシ。足と翼が四つあるワシ型の魔獣。大空を舞うためか、討伐は難しいとされる。
オールは手早く手配し、クラリッサの外にあるアスタの岩山へと向かった。
「ふむ。」
オールは空を見上げ、目を凝らす。
「いた。」
翼が四つという特徴的な影を見つけると、跳躍のみでヨツワシに相対した。
「グエェ!?」
高さとしては三千メートルを軽々飛び、突如として現れた存在にヨツワシも驚きの声を上げる。
「安らかに死ね。」
オールは空中で大剣を振り、ヨツワシの首を切った。
「ヨツワシは…………金貨十枚か。不味い仕事だ。」
金貨十枚(日本円で十万円)。空の敵と戦ってこれでは割に合わないと、オールはため息をつきつつ、ヨツワシの死体と共に自由落下をして地面につくのを待つ。
ドゴオォォォォオン!!!!
大量の土煙と共に、ヨツワシの死体を背負ったオールが出てきた。
「チッ……忌々しい………」
オールは自分の身体をまじまじと見つつ、クラリッサの町に帰還した。
夕方、岡の上の一軒家のドアが開き、家主であるオールが帰ってきた。
「肉は?ないのか?」
黒猫が尻尾を振りつつ尋ねる。
「ない。」
オールはそう呟いて、懐から朝と同じ薬草を机の上に置いた。
「そうか、ならばこうするしかあるまいな。」
黒猫から怪しいオーラが発せられる。
「なにを………がふっ!?」
黒猫がそう言うと、オールが苦しみだし、倒れながら口から吐血する。
「あまり使いたくはなかったがな。俺の言うことを聞かないのが悪い。」
黒猫は金色の瞳をより一層輝かせ、地面に這いつくばったオールを見下ろした。
「ふ、これだ!これなら……!」
「悪いが、お前は死なない。」
黒猫の呟きに、目を見開くオール。
「なぜだ……!」
「言ったであろう?俺は命を司ると。お前に死と変わらぬ苦痛を与えても、俺の力でお前が死ぬことはない。」
「いい、加減にしろよ……いつまで俺で、遊ぶつもりだ………!」
オールが握り拳を作り、黒猫を睨み付ける。
「良いじゃないか。死ななかったお陰で、そこまで強くなれたのだから。」
黒猫は前足を舐めつつ鼻をならす。
「早く……俺を殺してくれよぉ!……なんで。」
オールはあまりの苦痛に涙を流し、老人だった姿が十代後半程の青年に変わる。
「ハハハ、久しく見たぞ、お前の姿。
美貌の寵児よ。お前がその姿でいる限り、お前の寿命は永遠だ。」
黒猫はオールの顔を舌で舐め窓に向かう。
「ぅぅぅ………どんなに傷ついても、どんなに身体が変わっても、てめぇのせいでこの姿は修復する!
これじゃぁ俺が死ぬことは……!」
「当たり前だ。そう仰せつかってるからな。」
「糞っ猫がぁ……!」
「ふ、吠えたければ吠えろ。玩具。
次もこれをされたくなければ、肉を買ってこい。」
茜色に染まる空のような鮮血の中で、オールは諦観の面持ちでそのまま眠りについた。
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