儚夜

冬夜のカフェオレ

散り櫻

静かな池の影沿いで、水面に揺れる花みたいな夢を見た。


池のほとりにある桜の木の下で、喪服を着た僕が体育座りで君を待つ。



ただそれだけの夢。



微かな桜の香りも鬱陶しくて、膝に顔をうずめて君が来るのを待っていたんだ。


ここは初めて君に出逢った場所で、沢山遊んだ場所だった。時には「絶交だ!」って言い合って喧嘩もしたけど、やっぱり寂しくて仲直りした場所。


ここで待っていれば、僕達はまた会えると信じてずっと待っている。


信じて待ち続けてはいるけど、実は心の奥底で君が来ない事は分かってた。


そうやって僕は、膝に濡れた瞼を擦り付ける時間をただ長々と過ごしている。


そして気が付くと陽が沈むにつれ世界の輪郭が揺れて曖昧になる時間帯になっていた。


耳をすませば、春風に吹かれ揺れ動く草木の音が聞こえる。


その時、ふと正面に気配を感じて咄嗟に目を見上げた。


見えるのは美しいグラデーションの空とほのかに光る一等星だった。


そんな美しい空に目を奪われていると、遠くでママが僕を呼ぶ声が聞こえた。


もう戻らなきゃと思い真っ赤でグチャグチャな顔を上げ、鉛のように重い体を起こし始める。



それと同時に頬を伝う涙が手のひらに落ちるところで、俺は目を覚ますだけの短くて永い夢。


もう彼女の声を憶えてはいないし、顔だって思い出すことは出来ない。


この夢だって少しずつ記憶のどこかへと沈んでいくんだ。



そうやって少し物思いに耽っていると、春風が吹いて散った花びらが俺の周りを包み込んだ。


どこか温かくて、それでいて淋しい桜の抱擁だった。


散りゆく桜の花びらを1枚、手のひらに乗せた時、ようやく君に逢えた気がした。

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儚夜 冬夜のカフェオレ @yukinohuyu

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