再会







 期末テストが終わってから三日が経った。ほとんどの教科はすでに返却されていた。点数はどれも50点超え、赤点が40点以下ということを考えれば十分な点数だった。残すはあと一つ。一番不安な数学のテストだった。


 出席番号順に前に行き、テストを受け取りに行く生徒たち。私は真宵だから結構遅い。返されたテストに一喜一憂するクラスメイトを横目にみながら自分の番を待つ。とうとう一つ前の番号の子が席を立った。次は私だ。不安に揺れる心を押さえつけながら教壇に向かう。


「おお、真宵か」

「っ、はい」


 そう言えば、数学の小林先生はテスト返却のときに一言くれる先生だった。前は、思いっきりため息をつかれて、次は期待してるぞ、なんて言われたから軽くトラウマだった。今回は何を言われるかと、目を瞑ってびくびく待つ。


「今回は頑張ったな。よくやった」


 ん? 耳に聞こえた言葉が信じられず、思わず目を開ける。ああ、37点か……違う、73点⁉ ま、前は30点だったのに。


 思いがけない高得点に感情が追い付いていなかった。放心したまま席に戻ると、前の席からトモちゃんが小声で聞いてきた。


「どうだった?」

「こ、これ」

「ん? お~、結構取ってるじゃん。やったな」

「ゆ、夢じゃないよね?」

「現実現実。よく頑張った」


 トモちゃんが褒めてくれて、ようやく実感が湧いてきた。ま、まさかこんな高得点が取れるなんて。喜びが込み上げてきてこらえきれなかった。


「んやったー!」

「真宵、気持ちは分かるが、うるさいぞ」

「す、すみません」


 先生に注意されて、クラスで笑いが起こる。は、恥ずかしい。でも、これで全科目赤点を回避できた。結果としては、だいたい平均といっても過言ではないくらいだった。シロちゃんに教えてもらってこの体たらくなことに、少し思うところはあるけど、そもそもこの学校に通っている子はみんな優秀な人だから仕方ないよね? それに、前は全部赤点だったのを考えれば、一個も赤点がないだけで凄い快挙だ。


 まあ、何はともあれ、これで何も憂いがなく夏休みを迎えられる。私は楽しい未来を思い描き、笑顔を浮かべた。










「う~ん、何をしようかな」


 輝かしい夏休みの初日、私は一人で悩んでいた。そう、一人で。今日は珍しくハルちゃんもシロちゃんもいなかった。ハルちゃんは初日ということで部活に呼ばれているし、シロちゃんもシロちゃんで、今日は家の用事があるそうだ。考えてみれば、もう一ヶ月近く私の家に泊まっているわけだし、不思議はない。



 とはいえ、二人とも夜には帰ってくるらしいから、夜ご飯は用意しておかないといけない。料理はハルちゃんにほとんど任せきりだったから、あんまり料理の腕が上がってないんだよな。よしっ、今日は総菜を買ってきて、それを夜ご飯にしよう。


 せっかくの夏休み、家から出ないでゴロゴロするのも手ではある。というか昔の私なら絶対にそうしてた。でも、今の私はそれをする気にはなれなかった。一人でいるには、この家はあまりに二人の影が濃すぎる。何をしていても二人を思ってしまう。


 そんなもやもやした気分を晴らすために、散策がてら何か買い物でもしようと思ったのだ。蒸し暑い外に繰り出すのは少々気が滅入ったが、家にいるよりもいくらか健康的と思おう。そういうわけで、私は灼熱の大地に足を踏み出した。






「そこそこ人がいるんだなあ」


 地元の商店街は時代の流れもあって、ところどころにシャッターが見えるものの、活気がないわけではなかった。映えるお洒落なスイーツや、片手で食べられる手軽なものなど、なんとか時代を乗り切ろうとする努力が垣間見えていて、上から目線な感想だけど微笑ましく思った。


 人ごみというほどではないし、むしろ多少ざわついていた方が気も紛れていいかも。まだまだ時間があるとはいえ、シロちゃんたちがいつ帰ってくるか分からないからな。ちゃきちゃき見ていかないと。そう気合を入れて買い物に行こうとして、はたと足が止まる。


「何を買えばいいんだ?」


 せっかく用意するなら、ハルちゃんたちに喜んでもらえるものを買って帰りたい。なら、何を買えばいいんだろう?


 ハルちゃんは部活もやっていて、よく動くから私たちの中で一番食べる。いつもごはんをおかわりしているし、おかずもたくさん食べている。それでいて、あのプロポーションなんだから恐れ入る。まさに食べた分だけ運動すれば太らないよね、を体現したような感じだ。


 次によく食べるのは、シロちゃんだ。頭を使うと甘い物が欲しくなるのか、おやつを食べているところをよく見かける。普段の食事も同じで、小さな体に見合わず案外食べるのだ。それでもあの小さな体躯のままなのは何とも不思議な話だった。



 まあとにかく、二人ともがっつり食べるのが好きだからやっぱりここはお肉系が欲しいところだよね。お肉屋さんに行けば、何か良い感じの総菜とかおすすめしてくれるかな? でも、味が濃いのも考えものか。う~ん、まあ、歩いて入れば何かいいやつも見つかるでしょ。そもそもそのつもりで来たんだから、適当にぶらついてこれだと思ったものを買っていけばいっか。







「流石に買いすぎたな」


 商店街に来て、小一時間ほど経っただろうか。私の両手には大量の袋がぶら下がっていた。右を見れば、焼き鳥にフランクフルト、フライドチキンに手羽先などがっつりなお肉系、左を見れば、たこ焼きや焼きそば、変なものではローリングポテトなどお祭りの屋台で売っているようなものばかりだった。


 い、いや、調理せずに食べられるものと思ってたら、気付けばこんなことに。いい匂いがするなあ、とか思って買ってたら、脂っぽいものばかりになっちゃった。どうしよう? ホントはスーパーとかも巡ろうかと思ってたけど、この荷物じゃ無理そうだな。


 一旦家に帰ってから考えるかと、商店街を後にしようとしたその時だった。ぱあんというけたたましい音が鳴り響いた。えっ、何、銃声? 驚いた拍子に落としそうになった袋のバランスを保っていると、急に赤い法被を着た集団に取り囲まれる。


「おめでとうございます。貴女はこの商店街で100万人目のお客様です」


 ……何だって? 見れば、その手にはクラッカーが握られていて、さっきの音の正体が分かる。それはいいとして、何だっけ?


「100、万人目?」

「その通りです。貴方はこの門を通った100万人目のお客様なんです」


 パチパチパチと拍手されるとなんとなく照れくさい気分になってきた。なんかよく分かんないけど、祝われているみたいだ。


「そ、それはありがとうございます?」

「本当におめでとうございます。つきましては記念品を贈呈したいので、こちらについてきていただけますか?」


 えっ、記念品? ま、まあいらないけど、貰えるんだったら貰っておこうかな。でも、ちょっと荷物が、えっ? ああ、持ってくれるんですか? じゃあ、お願いします。


 ということで、あの大量の荷物を法被の人たちに持ってもらってその記念品だかなんだかの場所まで案内される。記念品ってなんだろう? 商店街だし、お肉の詰め合わせとかかな、なんて思っていると予想とは違う場所に連れてこられた。


「リムジン?」


 えっ、リムジンだよね? 初めて見た。こんなところに何で止まってるんだろう? えっ? これが記念品? と思っていると、流石に違うようで、この中に記念品が用意されているとのこと。


「この中に記念品があるんですか?」

「はい。ですので、お乗りください」

「えっと、汚れちゃうかもしれないんで、取ってきていただけるとありがたいんですけど」

「いえ、お気になさらず、どうぞ」


 ちょっと意味は分からなかったけど、早く乗ってという無言の圧を感じたので、案内されるまま、リムジンに乗り込む。何なんだ全く、と思う気持ちと、リムジンに乗れるという優越感がごっちゃになって不思議な気持ちだった。


 リムジンの中にある記念品って何だろうと、思いながら中に乗り込むと、私を待ち受けていたのは、記念品でもなんでもなく、それはそれは綺麗な女の人だった。赤い車内の中、流れる黒髪は夜空のよう、つり目気味な目からは強い意思を感じたけど、私の姿を見るや否や優し気に細められる。同性なのに、見惚れてしまうほどに綺麗な女の人だった。


 その美しさにあてられて呆けていると後ろのドアが外から閉められる。えっ? この人と二人きり? 記念品はどこにいったの? まさかこの人? なんて混乱している私を横に、目の前の女の人はゆっくりと甘い声で囁いた。


「久しぶりだね。あ~ちゃん」



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幼馴染たちが付き合っていると思い身を引こうとしたら、その付き合っている相手は私だった?! 梨の全て @tm256

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