第三章 新しい関係
ともだちと恋人
「そこまで。解答を止めてください」
先生の合図で、一斉にペンを置く音が教室に響き渡る。私も同じようにペンを置くと、集中から一気に解放され、全身から力が抜けていった。ふう、なんとかやり切れた、脱力感とともに達成感を感じていた。
先生が解答用紙を回収しに席を回っている間、私は間違いを見つけないように、自分の番が来るまで、用紙から目を反らす。テストが終わった後に間違いに気付いて後悔するのが、いつものことだったからだ。
宣誓は全員分の用紙を回収し、枚数も確認し終えると、すぐに号令をかけて、そのまま教室から出ていった。すると途端に引き締まった空気は霧散していき、いつもの騒がしさが教室に戻る。そうして、三日に渡る期末テストは幕を閉じた。
「ふぃ~、終わった終わった」
「お疲れ~」
担任の山田先生が来るまでの少しの間、トモちゃんが振り返って話しかけてきてくれた。
「どうだったよ? 今回は赤点を取らずに済みそうか?」
「うん、シロちゃんのおかげでね」
前回、赤点のせいで補習を食らった私はちゃんと勉強しないとやばいということを学んだ。だから、今回はシロちゃんにお願いして、勉強を見てもらったのだ。ふっふっふ、副教科も含めて全部の科目を教えてもらった私に抜かりはないのだ。
「それは良かったな。学年1位に教われば百人力ってもんだな」
「うん。今回は赤点取ったら夏休みに補習を組むって言われたからね。気合も入ったよね」
テストが始まる前に、山田先生にそう脅されていたのだ。先生自身も負担はかかるだろうに、それでも補習を組んでくれるのはありがたいことなのだろうけど、正直赤点を取っても補習は勘弁してほしかった。
「マジ? そりゃひでえな」
「でしょ? せっかくの夏休みなのに、補習なんかで潰されたらたまらないよ」
この学校は若干周りと比べて夏休みに入るのが遅くて、期末テストの結果を待つことになるので、入るのは7月ぎりぎりだ。その反面、終わるのも少しだけ遅いのでとんとんと言ったところではあるけど。そんな高校入って最初の夏休みを減らそうとしてくるなんて、酷い話だ、全く。
なんて心の中で不平を垂れていると、ちょうどそのタイミングで山田先生が入ってきた。えっ、なんかこっち見てない? まさか不満を考えてたのがばれた?
「はい、では帰りのホームルームを始めるので、席について下さい」
まあ、そんなわけはないよね。ちょっとだけ、焦ってたのは内緒だ。そんなことを思っていると、てきぱきと連絡がされて、ホームルームはあっという間に終わってしまった。いつもより早く終わらせてくれたのは、テスト終わりな私たちに対する先生なりの配慮なのかもしれない。
皆でさようならを言った後、ばらばらと教室から人がいなくなっていく。流れが速いのは、テスト前で部活できなかった人たちが、久しぶりの部活に心躍らせているからだろう。
勢いよく教室を飛び出していく子たちを見送りながら、のんびり準備をする。今日は勉強しなくていいから、久しぶりにゆっくりできるな。
「この後、どうする? 俺らはカラオケでテストが終わった記念に打ち上げでもしようかと思ってるんだけど、来る?」
「う~ん、今日はいいかな」
「まっ、そうだよな。愛しの幼馴染が待ってるもんな」
「別に愛しってわけじゃ」
「はいはい、仲良いこった」
「もう!」
「ははっ、わりぃわりぃ」
そうやってからかってくるんだから。まあでも、実際わたしとハルちゃんたちは前にも増して距離が近くなったのは事実かもしれない。私が変なこと考えないで、二人と向き合えるようになったからだと思う。
二人の想いを断って、恋人をやめたのはやっぱり正解だった。私が二人に同じ想いを抱けていない以上、いずれ迷惑をかけることになる。だから、これでいい。恋人ほど深い関係にはならない。そうすれば、いつまでも仲良しでいられるはず。だから……
急にぽんと頭に軽い衝撃を受けて、思考が遮断される。何かと思えば、トモちゃんが私の頭に手を置いていた。
「まあ、なんだ。あんまり無理するなよ」
「無理?」
「おう。なんかあれば人に言った方がいい。拗れる前にな」
「私、無理してるように見えた?」
別に何も無理はしてないけどな。むしろ、無理をしなかったからこそ、ハルちゃんたちと別れたわけだし。そんなことを思っていると、トモちゃんは私の髪をわしゃわしゃしてきた。
「ちょ、ちょっと」
「ふはは、ぼさぼさだ」
「急にどうしたの、もう」
ぼさぼさになった頭を整えながら不満を口にすると、トモちゃんはふざけた態度から一転、真剣な眼差しで私を見つめてきた。その目に縫い付けられたように私は頭に手を置いたまま動けなくなってしまう。
「なあ、あかね、人を騙すより自分を騙す方が辛いぞ」
「ど、どういう意味?」
「そのままの意味だ。どうせ、幼馴染たちのことなんだから、一度しっかり考えて、ちゃんと話した方がいいと思うぜ」
「話はちゃんとした」
「……そうか。なら大丈夫か。仲良くしろよ」
「言われなくても」
「だよな」
そう言って、トモちゃんは言ってしまった。なんか、また子ども扱いされた気がする。ちょっと私より背が高いからって、同い年なのに。
まあでも、トモちゃんは私を心配してくれたのだろう。本当に人のことを良く見ているし、何度助けてもらった。今回ばかりは違うけどね。まっ、トモちゃんでも間違えるときはあるか。そうして、ハルちゃんと一緒に帰り、家に着いた頃にはトモちゃんとの会話はすっかり忘れてしまっていた。
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