幕間

シロの想い






 結局誰かと一緒ではなく、あかねが一人でお風呂に入ることになって、わたしとハルの二人はあかねの部屋に残された。ハルはあかねのベッドに身を預け、肩の力を抜いていた。


 先を越されたか。まあいい、今日はわたしが一緒に寝る番、それにあれの後だ。多少のことには目を瞑ろう。寛大な心でそれを許していると、ハルはため息をつきながら呟いた。



「はあ、これで良かったのかな?」

「お風呂のこと? なら、一緒に入るのは止した方がいい。どうせ歯止めが利かなくなる」

「そっちじゃなくて! 結婚のことだよ。またあかねっちに無理やり約束を取り付けたみたいになってるし。これじゃ恋人になったときと一緒じゃない?」

「それは二人で話し合って決めたこと。今更あかねと離れるなんてわたしにはできない。ハルにはできるの?」


 もはやあかねと離れるなんて考えられるはずもなかった。でも、あかねは誰とでも仲良くなれてしまう、あかねはわたしと違ってわたしがいなくても一人になることはない。だからせめて、約束が欲しかった。あかねの未来にわたしがいる約束が。


「できる、わけない」


 わたしの問いにハルは決まり切った答えを返す。当然だ。ここで即答できないようなら、今日ここに至るまで、わたしがハルを排せなかったはずがないのだから。


「なら、こうするより他に手立てはない。これからあかねに、わたしたちと恋人になりたいと、そう思ってもらえるように努力するしかない。それにわたしたちは反省するべき。あかねと同じ家で過ごすことになって浮かれすぎていた」


 そう、わたしは焦ってしまっていた。あかねが先の約束を忘れてしまっていたから、それを取り戻そうと、気が急いてしまっていた。あかねからすれば、恋人になった矢先に同棲が始まったようなもの、混乱するのも無理はない。わたしの言葉に、ハルも思い当たることがあるのかシュンとした顔を見せる。


「急に関係が変わって、あかねも混乱していた。だから今はもう少しゆっくりあかねの意識を変えていくしかない」

「……そうか。まあ、そうだよね」


 どこかまだ納得していなさそうなハルを横目にわたしは、あのときのあかねの言葉を思い出す。あの言葉があかねの本心だとは思わない。体が弱ったとき、心も弱るものだ。だが、丸っきり嘘というわけでもないだろう。


 ハルに言えばより面倒なことになるのは目に見えているから伝えるようなことはしない。あかねも覚えてない様子だったから、これはわたし一人で考えるべき問題だ。


 あかねがいない世界で、わたしはどうなっていたか。考えるまでもない。あかねと出会わなければ、多分あのまま誰とも話すことなく、わたしは本とだけ向き合う人生を送っていたはずだ。学校なんかさっさと終わらせて、本能の赴くまま研究に没頭していたはずだ。それが悪い人生だとは思わない。でも、きっと今より幸せになれることはない。あかねに会えたこと、これは覆ることのないわたしの人生で最高の出来事だ。


 自分が盲目的になっていることは他ならない自分だからこそ、よく分かっている。でも、それを止めるつもりは毛頭ない。


 わたしは全てを覚えている。他人の奇異の眼も畏怖の眼もなにもかも。対等な相手は存在せず、距離を置かれた。孤独な時を過ごした。


 わたしは忘れることはない。そばにきて、話を聞いてくれたこと。笑いかけてくれたこと。今まであかねがしてくれたこと全部を鮮明に。あかねがいてくれたおかげでわたしは独りじゃなくなった。



 まだきっと想いを伝えきれていない。だから不安にさせてしまった。あかねにはもっと思い知ってもらわないといけない。わたしの愛の重さを。わたしがどれだけあかねを愛しているかを。



 あかねは何かを選ぶために何かを捨てることはできない。一度中に入れてしまうと滅多なことでは、外に放り出せない。


 それは彼女の長所でもあり、短所でもある。本当はわたし一人を選んでほしい。だけど、そうじゃない彼女だからこそ、わたしを救ってくれた。ならばそれでいい。将来、あかねの隣に誰がいても、そこにわたしもいられれば、それでいい。



 気持ちを再確認していると、ガチャンとドアノブの回る音がした。少しもしないで、お風呂上がりのあかねがその姿を現した。いつ見ても、可愛いし綺麗だけど、お風呂上がりのあかねはまた、違う魅力があった。



「お待たせ。二人で何話してたの?」

「他愛ない話」

「そっか。次入るのは?」

「わたし」

「オッケー、あっ、お風呂で寝ちゃだめだよ」

「大丈夫」



 言葉を交わして、わたしは部屋を出る。考えなくてはならないことも多い。正直不安もある。でも今は、同じ家で同じお風呂に入れることにただただ感謝することにしよう。







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