約束




 どうしたら納得してもらえるか。私が何か言う前に先にシロちゃんが口を開いた。


「あかねの言いたいことは分かった。だからと言って承服できるかはまた別の問題。今言ってくれたことは付き合いながらでも解決できるはず」


 シロちゃんは優しい顔でそう諭してくれた。確かにそうなのかもしれない。いろんな恋愛の形があるのだろう。最初は興味を持てなくても付き合っていくうちに、相手を知っていくことだってある。でも、私たちは幼馴染だ。互いのことはよく知っているはず。それに、もし変わらないままだったら? 先延ばしにすればするだけ二人を傷つけるだけだ。


「そうして、答えが出なかったら? そのときにまた二人を傷つけるの? ……それに、こんな曖昧な感情で二人と付き合うのは、二人に悪いよ」

「悪いと思うなら、別れないで。どこにも行かないで。あかねっちが嫌なら何もしないから」


 泣きそうな、いや、実際に目を潤ませたハルちゃんにそう言われる。そんな顔をさせたいわけじゃないんだ。でもだからといって、撤回するわけにはいかない。むしろ、だからこそ押し通すしかない。


「そうじゃないんだよ。別れたとしても、二人と離れるわけじゃないから。私は恋人じゃなくなっても、また二人と過ごしたいよ。もちろん、二人が嫌なら離れるつもりだけど」


 私の意思の固さを伝えられたのだろうか。ハルちゃんは続けて言うようなことはなかった。今度は逆に、眉を下げて、悲しそうにしているシロちゃんに話しかけられる。


「もう恋人を続ける気はない?」

「うん、ごめんね」

「……少し、ハルと二人で話させてほしい。部屋で待ってて」


 話が終わったら部屋に来る、ということで私は二人を残してリビングを出た。階段を一人で上り、暗い自分の部屋に電気をつけた。一瞬で明るくなった部屋を見て、私は気付いてしまった。もうここは私だけの部屋じゃない、と。


 勉強机のそばには、シロちゃんが私の勉強を見るとき用に少し高い椅子があって、ハルちゃんのストレッチ用のマットレスも丸められて部屋の隅に立て掛けられていた。それに、ベッドにはもう二人の香りが移ってしまっていた。その香りに誘われるように私はベッドに突っ伏した。



 やっぱり、見放されちゃうかな? こんな面倒な人、相手にしたくないもんね。なら、このままでいるべきだった? いや、それも違うか。どうせいつかはこうしなきゃいけなかった。私が二人の好きを、愛を分からない時点で、それは決まっていた。


 こうやって一人でいると自分の嫌なところばかり思い出してしまうから嫌だ。二人がそばにいてほしい。でも、それは卑怯だ。二人の想いに答えられないのに、自分の欲だけを押し付けるなんてしてはいけない。だからこれで良かったんだ。


 そう思い込もうとしても悶々と悩み続けてしまう。どれほど悩み続けたか、コンコンと控えめなノックがしんとした部屋に響く。やばい、こんな情けない恰好で出迎えられない。瞬時に姿勢を整えて床に正座してから、返事をした。


「は、入って」


 二人はさっきよりは少し落ち着いた様子で静かに部屋に入ってきた。そうして、私の目の前にしっかりと座った。決意を固めた私が圧倒されそうなくらい、彼女たちは力強く私を見ていた。


「あかねっち、最後に確認してもいい?」

「う、うん。何のこと?」


 最後と言われて、思わず身構えてしまう。鋭い目で私を見つめるハルちゃんに、背筋が勝手に伸びる。


「離れるわけじゃないって言ってたけど、それはまだ僕たちはここにいてもいいってこと? また二人で一緒に寝てくれる?」

「う、うん。二人が嫌じゃなければ、そうしたい、です」


 真剣な表情で聞いてくるものだから、なんか敬語になっちゃった。でも、嘘は言っていない。二人には酷なことかもしれないけど、私はこれからも二人と一緒にいたかった。自分勝手なことは重々承知してる。


「分かった。ありがとう」

「じゃあ、結論を言う」


 シロちゃんが言葉を継いで、とうとう判決を下す。私はごくりと生唾を飲んで、ざわつく心を落ち着かせ、聞く体勢に入った。


「あかねの言う通り、恋人はやめる。でも、約束はそのまま」

「約束?」

「そう、結婚するという約束はそのまま」


 ……ん? 結婚はそのまま?


「おかしくない?」

「どこが?」

「いや、それが残ってたらほぼ恋人と一緒じゃん」

「違う」


 即答?! 私がおかしいのか? い、いやそんなわけないよね。恋人じゃないけど、結婚はするってそっちの方がおかしいよね? なんでハルちゃんも何も言わないの? 混乱した私を置いて、シロちゃんは続ける。


「あかねは恋人だと思わなくていい。確かに始まり方もあかねの良心につけこんだものだった。だから、恋人じゃなくてただの幼馴染に戻る。でも、あかねが心変わりしたらすぐに恋人に戻る」

「オッケー、うん、分かったよ。それはいいんだけど、結婚うんぬんはさ、その後じゃない? 私が恋人になりたいと思った後、結婚するかどうかを決めることになるでしょ?」

「無理なことを言っているのは分かってる。でも、わたしもハルもそれだけは譲れない。だってあかねが最初に言ってくれたから。だから……お願い」


 シロちゃんがお願いをしてくるなんて、珍しい。それに確かに最初に言ったのは私みたいだからそれを言われると弱い。ぐわああ、どうしよう。


「これだけは譲れないの。あかねっちがいいって言うまで何もしないから。お願いだよ」


 うぐぅ、こんなときに上目遣いをしてくるなんてずるいよ、ハルちゃん。そうされたら断りづらいじゃん。いや、でも断らないと。ここで希望を持たせたりした方が後々酷いことになる。絶対に断った方が良い、良いはずなのに……



「う、うぐぐ。わ、分かったよ。でも恋人にはなれないからね。あくまで、結婚するって約束だけだからね」

「ありがとう、あかねっち」

「ありがとう」


 結局二人の熱意に負けて、折れてしまった。なんか恋人よりもそっちの方が重い気がするのはなんでなんだろう? ま、まあ、仕方ない。これ以上二人に悲しそうな表情はさせられなかった。それに、そもそも今の法律じゃ女の子同士じゃ結婚できないからね。ずるいとは思うけど、許してほしい。





 無事(?)に話し合いが終わったものの空気はまだ重いままだった。考えてみれば、別れ話をした後だ、無理もない。そんな空気を変えるためにハルちゃんが声を上げてくれた。


「ねえ、あかねっち。今日はさ、お風呂一緒に入らない? 恋人じゃないからいいでしょ?」


 妙に明るい声でハルちゃんは言った。場を和ませるためのハルちゃんなりの配慮なのだろう。う~ん、にしてもお風呂かあ。恋人のときだったらあれだけど、今はただの幼馴染だもんね。前は断っちゃったし、今日はこれだけ悲しい顔させちゃったからな。まあ、何もしないって言ってたし、一緒に入ってもいいか。


「分かった。いいよ」

「えっ?」

「だから、いいよって。だって何もしないんでしょ?」


 久しぶりだな、ハルちゃんと一緒にお風呂入るの。あっ、ハルちゃんとだけじゃ不公平か。明日あたりシロちゃんとも一緒に入らないと。


「ホントにホント?」

「ホントだって。こんなことで嘘言わないでしょ」

「えっ、じゃ、じゃあ」

「ハル?」


 横顔しか見えなかったけど、怖い笑顔と低い声でシロちゃんは言った。すると、ハルちゃんはハッと何かに気付いたようだった。


「ご、ごめん。やっぱやめておくよ」

「えっ、別にいいのに。シロちゃんも明日一緒に入ればいいでしょ?」


 恋人になるのを断っちゃったし、お風呂ぐらい一緒に入ってもいい。そう思ったけどシロちゃんには渋い顔で断られてしまった。


「……いや、いい」

「そう?」


 久しぶりに二人と一緒に入れば、また昔みたいに仲良くなれるかと思ったけど、だめか。残念だなあと思っていると、シロちゃんがため息をついてしまった。


「なんとなく、あかねが何を大事にしているか分かったような気がする」

「そ、そう。それは良かった?」


 なんか良く分からないけど、呆れられてる? どうしてだろう? 疑問に思っているとシロちゃんは私の肩を叩いて言ってくる。


「はあ。……あかね。わたしたちの理性にも限度はあるから」

「えっ、でも何もしないんじゃないの?」

「何もしない、つもりではいる」

「じゃあ、大丈夫だよ」


 私は二人のことを信じてるからね。それに二人とも女の子だもん。男の人だったら分からないけど、女の子同士だからね。絶対に大丈夫。そう思って私は笑顔で返した。



ああ 、でも、良かった。無事に終わって。二人には悪いけど、私は恋人にはならないと思う。そんな不安定であやふやな関係より、幼馴染のままでいた方が絶対いいもん。だからこれからもこうやって三人でいたいな。


 そんなことを呑気に考えていた私は、ため息をつくシロちゃんに気付くことはなかった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る