望みの先





 結局風邪は一日ですぐに治り、翌日からは普通に登校できるようになった。そうして数日が経過した。一週間ぶりの休日、何事もなく家でゴロゴロしたり、三人で買い物に行ったりして日々を過ごした。そんな何でもない日の夜、私はまた二人を誘った。


「なんだい、改まって話って」

「うん、私たちにとって大事な話をしようと思って」


 二人はいつものように私の正面に隣り合って座っていた。ハルちゃんは少し期待を寄せた顔をしていた。私がこの前の問いに対して、色よい返事をすると思っているのだろう。それを考えると、今からでも二人を受け入れた方がいいんじゃないかと心が揺れる。二人は私のことが好きと言ってくれた。なら私がそれを受け入れるだけで全て丸く収まる、そう思ってしまう。


 でも、それじゃ今までと何も変わらない。私はまだ二人のことをそういう意味で好きになれてない。このまま彼女たちを受け入れれば、いや、流されてしまえば、遠くない未来にみんなが後悔する日がきっと来る。だから私は今日、この関係にけりをつける。


「恋人を、やめようと思うんだ」

「どっ、どうして!」

「ハル」


 私がそう言った途端、勢いよく立ち上がって、声を張り上げるハルちゃん。そして、そんなハルちゃんを諫めるように冷静に、だけどいつもより冷たくシロちゃんは言った。二人とも平静を保つことができていないようだった。無理もない、急なことを言っている自覚はある。それでも私は選んだ。


「ご、ごめん。でもどうして急に? 僕たち何か気に障ることでもしちゃったかな」


 椅子に座り直し、少し冷静になったハルちゃんは、それでも必死な表情でそう聞いてきた。シロちゃんもいつもより固い表情をして、私の答えを待っていた。そんな二人の様子を見ていると心が痛む。でも私だけは迷ってはいけない、ぶれてはいけない。落ち着いて、言葉を紡ごう。それだけが言い出した私にできることだから。


「違う。これは私の問題なの」

「あかねっちに問題なんてないよ。だから、だから……」

「落ち着いて、ハルちゃん。まずは私の話をちゃんと聞いて」


 ハルちゃんは昔から不安になりやすいところがあるからな、全くもう。私はそばから離れないって言ってるのに、少し離れただけですぐ不安になっちゃって大変だったな。大きくなっても、そういうところは昔から変わってないな。昔を思い出したおかげで少し心が和んだ。おかげで緊張がほぐれたような気がする。


「二人が私のこと好きだって言ってくれてるのすごく嬉しい。一人暮らしになったときに二人が来てくれて本当に助かったし、感謝してる」

「なら、今まで通り……あっ、もしかして、僕たちが変なこと言ったから? 麻白が、誕生日が来たらあかねっちを襲うとか言ったから」

「いや、違うよ。ってか、襲うとは言ってなかったよね?」

「襲うとは言ってない。でも、それが原因だったのなら改める。ごめん」


「いや、ほんとにそうじゃなくてね。その、ちょっと照れくさいけど、二人と、その……そういうことするのは、別に嫌じゃないっていうか、ま、まあそんな感じ。だけどほんとにそういうことじゃないの」


 驚きはしても嫌悪を抱かなかった時点で答えは出ていた。でも、今それは問題じゃない。私が二人と同じ想いを持てるか、それだけなのだ。最初からあった問題に今更気付いたってだけの話だった。あの時は勇気がなくて言えなかったことを、二人を拒絶する言葉を今、吐き出そう。


「つまり、私が何を言いたいかっていうと、私は二人のことは好きだけど、それは恋愛的な好きとは違う。二人の好きに私は同じそれを返せないの。きっとこれからもそう。このまま付き合っていると、いつかきっと後悔するときが来る。だからそうなる前に、別れよう」


 言い切ると二人は辛そうな顔で黙りこくってしまった。重い空気で息苦しかったけど、これが正しいことなんだと思い込み、二人の返答を待つ。


 待っている間に気付くことがあった。私はどこかで怖がっているんだと思う。ハルちゃんたちを縛ることを。ハルちゃんたちはホントはもっと凄いのに、私という凡人がそばにいることで、その才能をだめにしてしまうことが怖いんだ。


 こんなこと二人には絶対に言えないけど、結局のところそういうことなのだろう。二人のためとか言いながら、自分のために二人と離れようとしている。自分のせいだと思いたくないから、二人の恋人でなくなろうとしているだけ。ははっ、こんなことを考えてしまう時点で、私は二人の恋人に相応しくないんだろうな。だから、やっぱりこの選択は間違ってない。


 なのに、ハルちゃんたちはそれを受け入れてくれなかった。


「い、嫌だ。——そんなの無理だ。別れるなんて絶対だめ。あかねっちがそう言っても僕は別れないから」

「ハルちゃん、そんな無茶な」


「わたしもそんなことできない。あかねと結婚するのは決まってるから」

「シロちゃんまで」


 困ったなあ。本当にどうしてハルちゃんたちは私に固執するんだろう。私はそんな大層な人間じゃないのに。ハルちゃんたちと釣り合うはずもない、そんなただの凡人だ。


 恋人のままだといつか二人に見放される。前は二人のためならそれでいいと思っていたけど、二人の温かさを再確認してそう思えなくなってしまった。だから致命的な、決定的な溝ができる前に、私と二人の間に隙を作りたいだけなんだ。恋人みたいに熱くて、そして冷めやすい関係なんかじゃなくて、昔みたいに親友という温かい関係に戻りたいだけなんだ。どうしたらそのことをもっと分かってもらえるかな?




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