温かい関係








 突然目が覚めた。不思議とだるさや眠気はなく、すっきりとした目覚めだった。いつもならいくら寝ても寝ても寝足りないといった感じが残るものなのに、そういうこともなかった。どこか感動しながら体を起こそうとすると、ずきんと鈍い痛みが頭に走り、現状を思い出す。そういや私、風邪をひいていたんだっけか。


 体の状態を確かめるために、ゆっくりと身を起こす。関節の痛みは随分なくなったみたいだ。喉は若干良くなっている気がしないでもないけど、やっぱり痛い。熱は……どうだろ? 自分じゃ分からないな。とにかくこの調子なら明日は学校にいけるかな。


 っていうか、今何時だ? 本調子とは程遠く、緩慢とした動きで後ろの目覚まし時計を確認すると、時刻は午後4時を指していた。


 もうこんな時間。結局一日中寝ちゃったのか。寝るしかなかったとはいえ、何となく損した気分になっちゃうのは私だけじゃないよね。まあ、そんな益体もないことを考えられるくらいには回復したみたいで良かったけど。


 部屋の中には私一人しかいなかった。シロちゃんは私が言ったように外で待ってくれていたようだ。チッチッチッ、と針が動く音だけが静かに響いていた。いつも見守ってくれているぬいぐるみたちも今は温度を感じられなかった。


「寂しい」


 ぼつりとそうこぼしてしまう。一度口にしてしまえば、誤魔化しはきかなかった。寂しいな。最近起きた時は、ハルちゃんかシロちゃんが隣にいることが多かったから余計にそう感じてしまった。やばい、なんか泣いちゃいそうだ。ははっ、高校生にもなってこんなことで泣くなんておかしいでしょ。必死にこらえないと。


 数秒間、涙腺と格闘しなんとか勝利を収める。目をしばたたかせ、うん、もう大丈夫だ。シロちゃんは家にいるかな? あんまり病気の身で歩き回るのはどうかと思わなくもないけど、咳もないし多分うつったりしないはず。部屋に呼ぶのも悪いし、顔だけ見に下に降りよう。


 重い体を引きずるようにして、ベッドから降りる。思ったより、体は気持ち悪くない。もっとべたべたしてるかと思ったけど、そんなに汗はかかなかったのかな。のそのそとドアを開けて、階段を降りていると、カチャカチャとキッチンの方から音が聞こえた。何か料理でもしてるのかな?


 邪魔しないように静かにドアを開けようと思ったけど、加減を見誤りガチャンと大きな音を立ててしまう。音に気付いて、シロちゃんがこちらを振り返る。しまったなあ。


「ごめんね、シロちゃん。邪魔しちゃったかな?」

「ううん、そんなことはない。むしろちょうどいいときにきてくれた」


 ちょうどいい? 何のことだろう。そんなことを思っていると、シロちゃんから湯気の出ているマグカップを手渡される。


「ショウガ湯に、はちみつとレモンを入れた。どれも免疫を高めてくれるもの。今は熱いから少し冷ましてから飲んで」


 言われてから周りを見ると、悲惨な光景が広がっていた。生姜の皮らしきものはそこら中に散らかっていて、レモンを絞ったのか黄色いレモン果汁も飛び散っている。料理苦手なはずなのに、頑張ってくれたんだなあ、ってことが良く伝わってきた。微笑ましさからつい笑みがこぼれ、それを苦笑いとでも取ったのかシロちゃんは珍しく慌てて言い訳を口にした。


「すっ、すぐ片付ける予定だった。あかねが先に来るとは思わなくて」

「いや、ごめんごめん。責めるつもりはなくてね」


 恥ずかしがるシロちゃんが可愛らしくて、ますます頬が緩んでしまう。恥ずかしさからそっぽを向いてしまったシロちゃんからショウガ湯の入ったマグカップを両手で受け取って感謝を伝える。


「ありがとうシロちゃん」

「わたしにはこれくらいしかできないから」

「そんなことないよ。シロちゃんがいてくれて良かった」


 本当ならママたちがいない今、私は家に一人だった。ショウガ湯を作ってもらうことも、心の支えとなる誰かが家にいてくれることもなかった。シロちゃんたちに学校に行って欲しかったのは事実だけど、それでもシロちゃんが残ってくれたことに一番感謝しているのは私自身だった。



 猫舌な私はすぐに飲むことはできない。ふぅー、ふぅーとまだまだ湯気を残したショウガ湯を冷ましてから恐る恐る口にする。


「ほぅ、あったかい」

「よかった」


 ほんのり甘くて、ショウガの味がしっかりとしていて、爽やかなレモンの香りが鼻を抜けた。飲んですぐに体がポカポカしてきた。シロちゃんが私のことを考えて作ってくれたという事実が、心まで温めてくれる。あったかい。体の底から活力が蘇ってくるようだった。


 なんとなく、シロちゃんの方を見てみた。シロちゃんは私がちびちびと生姜湯を飲んでいるのを微笑みながら眺めていた。目が合うと、さらににっこりと微笑んでくれた。ああ、やっぱり可愛いな。




 心のこもった温かいショウガ湯を飲みながら思った。やっぱり私はシロちゃんたちと燃え上がる恋人のような熱い関係にはなれそうにないな、と。そうなってしまえば、いつかきっと身を焦がしてしまうから。私がその熱に耐えられそうにないから。シロちゃんのくれたこの生姜湯のようにほっとするような温かい関係のままでいたい。



 このまま何も言わなければ流されてしまう。シロちゃんたちに流されてずぶずぶと深みに行ってしまうのは、私にとっても二人にとっても良いことではない。だから、この意思をちゃんと伝えないと。風邪が治って万全の状態になったときに、二人にちゃんと言おう。



 ん? そういや、何かシロちゃんと話したような……



「ねえ、シロちゃん。私さ、さっきシロちゃんに何か言ったかな?」

「いいや? 特に何も」

「そっか。ごめん変なこと聞いたね」

「ううん、別に気にしない」

「ふふっ、ありがと」


 何かシロちゃんと話した気がしたんだけど、あれは夢だったのか。まあ、もう内容も覚えてないし、やっぱり夢か。


 次は夢じゃなく、ちゃんと現実で言わなくちゃな。シロちゃんたちが私に言ってくれたように、私もシロちゃんたちにちゃんと。温かいショウガ湯を飲みながら、私は決意を固めたのだった。


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