馬鹿は風邪をひかない
「うっ、うう」
ぐぅぅ、あ、頭が痛いなあ。ぼ-っとしちゃう。そう言えば今日は平日だったはずだよね。なんで私まだベッドにいるんだっけ? 学校は? ……うーん、まあいっか。なんか疲れちゃったし、今日はお休みなのだ。
「起きた?」
あれ? ママの声じゃない。不思議に思って部屋の中を見回すとシロちゃんがいた。そっか、これシロちゃんの声だったのか。……ん? どうして私の部屋の中なのに、シロちゃんがいるんだ? もう学校だって始まってるのに。……ああ、そっか。これは夢か。
一人で寂しすぎたから、私が夢を見てるんだ。夢だったら何したっていいよね? シロちゃんの方に手を伸ばすと、シロちゃんはその小さなお手々で私の手を包んでくれた。ほら、私の望む通りになった。
「えへへ、シロちゃん」
「何?」
「シロちゃん、シロちゃん」
シロちゃんの小さな手がひんやりしていて気持ちいい。すべすべもちもちの可愛いお手々。頭の方に持って行って、撫でてもらうと少し痛みが引くような気さえした。流石はシロちゃんだ。でも、痛みが引いてくると何か逆に気持ち悪くなってきちゃった。
「あのね、シロちゃん」
「ん? どうした?」
「汗でべたべたするの。きもちわるい」
「じゃ、じゃあわたしが拭いてあげる」
「ん? いいの~? じゃあお願い」
夢ってすごい。こんなお願いごとも叶えてくれるんだ。
「うん。ちょっと待ってて。すぐ用意してくるから」
「うん、待ってる」
そう言って、シロちゃんはすぐに部屋を出て行っちゃった。ここはやけにリアルな夢だな。ぱって、濡れたタオルとか出してくれればいいのに。それとも、想像すれば出てくるのかな? う~ん、濡れたタオル、濡れたタオル、出てこい、出てこい。う~ん。
「あかね?」
「あっ、ごめん、ちょっとぼーっとしてた」
いつの間にか、タオルとお湯が入った洗面器を持ってシロちゃんが部屋に戻ってきていた。念が通じたんだ。やっぱり夢ってすごい。そうして、シロちゃんは私の眠るベッドの上に乗ってきた。
「じゃ、じゃあ万歳して、あかね」
「うん、ばんざーい」
両手を上に上げると、シロちゃんはするすると私のパジャマを取っていった。汗で引っ掛かって脱ぎ辛い。あれ? 私こんなにおっぱい大きかったっけ? そのこともあって、時間をかけて脱ぎ終わると、シロちゃんは丁寧に私の体を拭いていった。
「シロちゃん、くすぐったいよ。もうそこ拭いたってば」
「そ、そっか。じゃあ今度は、し、下だね」
「ううん、もうすっきりしたからズボンの方はいいや」
「な、なんで?」
私がそう伝えると、シロちゃんがびっくりしたような表情を見せる。ふふっ、面白い。何がそんなにびっくりしたんだろう?
「それより、お話ししようよ。私ね、さ、べっくしっ」
「ご、ごめん。とりあえずこのシャツを着て」
「うん、ありがとう」
くしゃみが出ちゃったので、シロちゃんに手渡されたシャツに着替える。うん、シロちゃんが体を拭いてくれたおかげで、すっきりした。ん? 何してるんだろう?
「なんで、タオルの匂い嗅いでるの? ばっちいよ」
「あっ、な、なんでもない」
シロちゃんは手に持っていたタオルを後ろ手に隠しちゃった。まあいいや。話さなきゃいけないことあるし。現実じゃ絶対に言えないけど、ホントは言わなきゃいけないこと。夢の中のシロちゃんになら言ってもいいと思うから。
「私ね、たま~に思うんだ」
「何を?」
「シロちゃんとね、ハルちゃんが、私と出会ってなかったら良かったのにって」
「……それは、どうして?」
私は、シロちゃんが息を飲んだことも知らないで、そのまま喋り続けた。
「シロちゃんたちはね、すごいんだよ。二人は私と違って天才なの。シロちゃんはなんでも知ってるし、何でも教えてくれるでしょ? それに、ハルちゃんは足も速いし、ボールを投げるのも上手いし、力も強いの。なのに、二人とも私なんかに構ってくれるから。そのせいで、ホントはもっともっと活躍できるのに。みんな言ってる、もったいないって。だから、私と出会わない方が良かったのにって」
「そう」
「ホントなら私の方からシロちゃんたちのために、離れなきゃいけないのに、できないの。一人になるのが怖いの。二人が隣にいてくれるのがすごい嬉しいの。だから、ごめんね、シロちゃん」
私がそう言えばシロちゃんは困った顔をする。そうだよね、私の中の理想のシロちゃんはそうしてくれる。
「……確かに、あかねの言う通り、あかねと出会わなければわたしは、癪だけどハルももっと自分の才能を活かしていたと思う」
「だったら……」
「でも、そこにわたしたちの幸せはなかった。ずっと幸せに一つ足りないままだった。才能を魅せれば、人はついてきた。でも人は、わたしたちを見ることはない」
「シロちゃん?」
私の思ってる答えじゃない。
「他の人はみんなそれを見た。あかね以外はそれがある人とわたしたちを見た。でも、あかねは違う。あかねはわたしたちをそれもある人だって思ってくれた。——あかねはわたしのこと、頭がいいだけだと思う?」
「ううん。シロちゃんはよく人のことを見てる。些細な違いに気付いてくれる。それに笑うと可愛いの。あっ、前ね、シロちゃんのこと表情が変わらなくて怖いって言ってる子がいたの。だから私言ってやったの。あなたが気付いてないだけだって。だって、シロちゃんの笑顔はあんなに可愛いのに。それを知らないなんて、それこそ、もったいないってね」
そうすると、シロちゃんは微笑んでくれた。ほらね、やっぱり可愛い。
「ああ、だから、だからわたしはあかねと一緒にいる。あかねと出会って良くなかったことなんてない」
「でも……私、何もない。私はシロちゃんやハルちゃんみたいに何かできるわけでもない。一緒にいるのはおかしいよ」
「おかしなことなんて何もない。あかねは何も悪くない。あかねがいないとわたしは、わたしたちはだめなんだ。……今日のことはただの夢、ただの悪い夢だ。風邪をひいて辛いあかねが見てしまったただの悪夢だ。だから、次目覚めたときは何も覚えていない。今考えていた悪いことも、あかねの感じる不安も全部、きれいさっぱりなくなる。——だから、今はゆっくりおやすみ」
シロちゃんのなでなで気持ちいいなあ。ママとはまた違ってひんやりして……あれ? まだまだ、夢のなかでシロちゃんとお話ししていたいのに、何か眠くなってきちゃった。夢の中なのに変なの。そう思いながら、また私は意識を失っていく。
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