病は気から








 あの話し合いから一週間が経った。私は曖昧な返事すら見つけることはできなかった。二人はそれを責めることはなかった。それでも、期限は刻一刻と迫ってきていた。私の16歳の誕生日。その日までに何かしらの答えを見つけなければならない。




 私は二人に求められたらどうするんだろう。拒むか受け入れるか、あるいはどちらでもないか。あの時は急に言われて戸惑ったけど、本当のところはどうなんだろう。二人と、その……キスをすることを考えても別に嫌だとは思わなかった。その先を考えてもそうだった。そのときどうするかは、そのときにならないと分からないけど、きっと私は拒むことはできない。でも、受け入れるわけでもない。ただ、流されるだけだ。


 シロちゃんは愛と呼んだけど、きっと違う。二人のことはもちろん好きだ。そこに偽りはない。だが、それは愛ではないのだ。


 二人が望むなら私はそれを与えたい。二人が欲するのなら私はそれをあげたい。でもそうするのは、二人を愛しているからじゃない。私が二人にいつも笑顔でいてほしいと、私が勝手にそう思っているからだ。


 この気持ちは、愛よりももっと独善的で、利己的で、自分本位な何かだ。そんな私はハルちゃんたちに相応しくない。だからこれは、私に対する罰なのだろう。


「ごほっ、ごほっ」


 今私は自分のベッドに臥せっていた。頭が痛い。喉も痛い。体の節々にも痛みを感じる。熱い、でも寒い。何も考えられない、何も考えたくなかった。


「38度4分、これは完全に風邪だね」


 脇から体温計を抜き取って、ハルちゃんはそう言った。平熱が低めな私にとって、38度はかなりの高熱だった。はあ、どうしてこんな。普段以上に気を付けることもなかったけど、普段通りには気を付けていたのに。


 まあでも、昨日一緒に寝てたハルちゃんは、見る限りは元気そうで良かった。普段から鍛えているハルちゃんは免疫も強いからうつしている心配もなさそうだ。


「ごめん、普段なら違和に気付いたのに」

「ぐっ、シロちゃんは、何も悪くないよ」


 シロちゃんに落ち度なんてない。風邪をひいたのは私の責任だ。ああ、ずっと二人のことについて考えていたせいかな。いつぶりだろうか、風邪なんてひくのは。


「ああ、無理をしないで」

「あかねっち、今日は僕らも休んで看病するから」

「やめっ、ごほっ、はあはあ、やめて」


 はあ、辛い。確かに、二人がいてくれて良かった。一人だったらもっと不安になっていた。でも、それでもそれだけはだめなんだ。


「ど、どうして? こんなに辛そうなのに」

「大丈夫、私は一人で大丈夫、だから。はあ、ハルちゃんたちはちゃんと学校に行って」


 嘘だ。本当は二人にいてほしい。一人なんか嫌だ。いつだって一人は寂しい、風邪をひいているときならなおさらだ。でも私のせいで、二人に迷惑をかけたくない。私のせいで二人に不利益を与えたくない。分かってる、これは自分勝手な理論だってことくらい。でも、これ以上二人に迷惑をかけたくなかった。


「私は一人で大人しくしてるから、二人は学校に行って。ほら、そろそろテストもあるでしょ? こんなことで休んじゃだめ、だよ」

「こんなことじゃない」

「あかね。わたしは高校範囲はすでに学修し終えている。あかねがいるから通っているだけ。だから休んでも大丈夫」

「シロ、ちゃん」


 ああ、そうか。そうだったのか。……いや、そうだよね。シロちゃんならそのくらいできていて当然か。私が、私がどこまでも足を引っ張る。私さえいなければ、ハルちゃんもシロちゃんも今よりもずっと活躍できていたはずなのに。


 だめだ。体が弱ると心も弱る。ネガティブな方にどんどんと引っ張られてしまう。ハルちゃんたちに見せちゃだめだ。また心配させちゃう。


「分かった。じゃあシロちゃん、お願いできる?」

「もちろん、任せて」

「あかねっち!」

「ハルちゃんは、ちゃんと学校に行って。今日部活に呼ばれているんじゃなかったの?」

「うっ、そ、そうだけど。でも!」

「お願い、ハルちゃん」


 ハルちゃんの目をしっかりと見て、私はそう頼み込む。ハルちゃんが私を心配してくれているのは分かる。その厚意を無下にするのは心苦しい。でも、私だって二人のことを考えているんだ。


「ハル。ここはわたしに任せて、学校に行くといい」


 シロちゃんの加勢もあって、ハルちゃんはようやく折れてくれた。


「……はあ、分かったよ。麻白、悪化させたら許さないからな。ちゃんと看病するんだぞ。二人が休むことは僕が伝えるから。あかねっちはお大事にね」

「ごめん、ハルちゃん。心配させて」

「ううん。あかねっちは自分のことを気にして。すぐ帰ってくるから」

「部活にもちゃんと参加して。お願い、だから」

「……そんな目をされたら、断れないじゃないか。分かったよ。ちゃんと行くから。あかねっちは安静にしててね。帰りに体のいいものを買ってくるから」


 ハルちゃんがそう言って部屋を出ていくと、私とシロちゃんの二人きりになる。でもそれも少しの間だ。シロちゃんは少し体が弱い。風邪をうつしてしまったら一大事だ。看病も最低限にしてもらわないと。


「シロちゃん。ごめん、もうひと眠りするから、部屋を出てくれるかな。何かあったらすぐに呼ぶから」

「……分かった」


 そうして私は部屋に一人きりだ。これでいい。寂しさはある。でも、きっと二人がいる方が辛かったから。ああ、もう眠ろう。現実から目を背けるように、私は意識を手放した。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る