幼馴染たちの望み
「何を望む、か。難しい話だね」
ハルちゃんはポツリと呟いた。眉をひそませ、私の問いの真意を探ってくれている。真剣に向き合ってくれることが、ありがたかった。向き合うにはお互いに真正面を向いていないといけないのだから。
「うん、そうだと思う。自分が本当は何がしたくて、何が欲しくて、何を求めているか、なんてなかなか考える機会も、考えようとする気すらないと思う。でも、それを言葉にしてほしい。そうすれば、私も二人の考えていることを少しは分かることができるし、言葉を重ねることで、二人も見えてくるものがあるかもしれない」
これは、二人に向けているようで、自分にも向けた言葉だ。私は二人に何を望むか、どんな関係になりたいのか。そして二人の望みにどう応えるのか。私も考えなくてはいけない。
「あかね、聞いてもいい?」
「何かな? シロちゃん」
「どうしてそんなことを聞こうと思ったのか、教えてほしい」
静かにそれでいて重々しく、シロちゃんはそう聞いてきた。いつもの眠たげな眼を、それでも閉じることなく、私を見定めるように見つめてくる。だから、私も逃げない。
「私には分からないことばかりだから。シロちゃんたちは私に付き合ってと言ってくれて、私を恋人と、そう呼んだ。でも、恋人がどういうものなのか、何をしてあげればいいのか、最終的にどんな風になりたいのか、私には分からない。だから知りたいの」
本心を私なりの言葉で伝えると、シロちゃんは一言、『分かった』とだけ言った。部屋には沈黙が戻る。誰も彼もが、自らの内と向き合い、答えを探していた。そんな中、話の口火を切ったのはハルちゃんだった。
「じゃあ、僕から行っていい?」
「……うん」
ハルちゃんは自分の胸に手を当てて、自分の内面と向き合うような仕草を見せる。そして、そのまま温かな笑みを浮かべながら話してくれた。
「僕はね、あかねっちと一緒にいろんなところへ行きたい。遊園地も水族館もどっかの温泉街もいいな。あかねっちと二人きりならきっとどんなところだって楽しい。二人で会話を重ねて、何を思ったのか、何を感じたのかを共有するんだ。ああ、そうだな、叶うのならあかねっちの思い出に常に僕がいたい。あかねっちの未来に、僕が隣にいたい」
「……そっか」
やっぱりそうだった。ハルちゃんは私と一緒にいたいから、恋人という関係になりたかっただけなんだ。その願いは、きっと恋人でなくても叶えられる。私はハルちゃんとまた親友に……。
「後はね、キスもしたいな」
「へっ?」
「あかねっちと同じ夕日に彩られた世界でさ、寄せては返す波の音を聞きながら、ロマンチックに初めてのキスをあかねっちに捧げたい」
瞼を閉じて、ぽうっと頬を赤らめるハルちゃんの姿に、私は知らず知らずのうちに生唾を飲む。
「その先も、あかねっちと一緒にいきたい。子どもはできないけど、そっちの方があかねっちの愛を独占できていい。あかねっちの体温を感じて、僕の音を聞いてもらって、溶けて混ざって、一緒になりたい。……そんな感じかな。——ははっ、なんていうか、なかなか恥ずかしいね、これ」
「あ、う、うん。が、がんばる」
がんばるって何を? 自分で言っていて、意味が分からなかった。だ、だってまさか、こんな熱を帯びた答えが返ってくるなんて思ってもいなかったから。嘘だと思いたかった。でも、ハルちゃんの恥ずかし気な赤面した様子が、その言葉に嘘を許さない。
恥ずかしくて、目が合わせられず、俯いてしまう。想像していなかった私が悪いけど、ハルちゃんから受け取った熱が引かなかった。私とハルちゃんで気まずい空気を作っているとそこに救いの光が差し込む。
「じゃあ、次はわたしの番」
「あっ、そうだね。シロちゃん、お願い」
渡りに船と言った感じで私はその言葉に飛び乗った。シロちゃんなら、大丈夫。もっとふんわりとした答えを返してくれる。今度はシロちゃんに向き合って、その言葉の続きを聞く。
「あかねがわたしの、わたしだけのものになってほしい」
その瞬間空気が変わった。そこにはいつものどこか浮世離れした、達観したようなシロちゃんはいなかった。どこか不安げで、儚げで、それでいて力強く何かを欲している。シロちゃんの後ろにドロドロとした何かが渦巻いて見えた、そんな気がした。
「あかねがわたし以外の誰も見てほしくない。わたしのことだけを考えて、わたしをこそ望んでほしい」
「シ、シロちゃん?」
「あかねがいろんな人に好かれるのは分かってる。友だちがたくさんいるのも知ってる。それを縛りたくはない。でも、あかねが誰かと笑っていると不安。わたしを置いていくんじゃないかといつも思う。あかねがわたしだけを見てくれたらってずっと思ってる」
いつもの眠たげな眼を見開いて、その瞳に私だけを映して、シロちゃんは話し続ける。
「それが叶わないのなら、せめて、せめて証を残したい。あかねの躰のすみずみまで堪能して、わたしの印を残したい。あかねにわたしの躰の全てを捧げて、あかねのものにしてほしい。あかねを全身で感じたい」
ん? 何を言っ……ま、え、それってそういうこと? い、いやまさかね。あのシロちゃんに限ってそんなことはない。私の考えすぎ……なわけないじゃん!
その熱の籠った視線を見れば、いくら鈍い私にだって分かる。シ、シロちゃんもそういうこと考えるのか。っていうか、ちゃんと二人とも恋人ってそういうものだと思っていたのか。覚悟がないのは、私一人だけだった。
「安心して、無理やりは……多分しない」
「た、多分って、いやこっちを見て言ってよ」
目を反らして言ったシロちゃんに、私はそう返す。重たくなってしまった空気を緩和するように、あるいは見ないふりをするために、私は意識して軽口を叩く。功をなしたかどうか、シロちゃんはもう一度私に向き直り、真剣な眼差しで言った。
「あかねが本当に嫌がるなら絶対にしない、でも多分そうじゃない。今、無理やりしても、あかねがわたしのことを嫌いにならない。あかねからの愛をわたしは知ってる」
「私からの愛?」
「そう。でも、大丈夫。あかねが混乱しているのも分かる。だからまだ待つ。次のあかねの誕生日が来るまで」
「私の誕生日? って一か月後じゃん!」
舌なめずりするシロちゃんに言い知れぬ色気を感じて、それを払拭するように私は叫んだ。た、誕生日が来たら、どうなっちゃうの? っていうか、女の子同士でどうやってできるの?
「それにもう決まってるから」
「な、何が?」
ちょっとだけ身の危険を感じて後ずさる。そんな私の姿を見て、それでも優しくハルちゃんたちは微笑んだ。
「あかねの初めてはわたしが貰う」
「その代わりに僕はあかねが初めてする相手になる。二人で話し合って決めたんだ」
二人は妥協したように笑って、それでいて譲れないもののために笑っていた。私だって二人と向き合いたいと思ってた。でも、まさかこんな感情が向けられてるなんて考えてもなかったから、まだ心の準備ができてないよ。
「そ、そっか。でも、まだ私たちって、ほらまだ子どもだしさ。責任が……」
「女同士なら子はできない」
「そ、それはそうだけど。わ、私、やり方分からないし」
「わたしが教える。不安になることはない。手取りあ、ふぁああ」
た、助かった。もうこんなに時間が経ってたのか。シロちゃんが欠伸をしてくれたおかげで、さっきまでの雰囲気が霧散して隙ができた。どうにか今日の話をうやむやにできないかな?
「ほ、ほらもうこんな時間だし、今日はここまでにして、寝ないと」
「うん、あかね。今日はわたしと一緒」
さっきとは違って、またいつもの子どもっぽいシロちゃんに戻る。眠たげな姿は、先ほどまでの蠱惑的な様子を感じさせなかった。この会話の後に、一緒に寝るのは随分ハードルが高かったけど、一度した約束は違えたくない。
「う、うん。何もしない、よね?」
「何もしない。ふぁあ。早く」
「うん」
今日はシロちゃんとで良かった。ハルちゃんとだったら、今夜は絶対に眠れなかっただろうから。
ベッドに入った後もまだ心臓がバクバクとなっていた。二人の望みを知ることはできた。でも、だからといって一歩進めたようには思えなかった。結局私はそれに答えることができるのか。最初から問いは変わっていなかった。私は私の望みを見つけることができないまま、意識を薄れさせていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます