デーモンカット

東 村長

超速の神器殺し 

 デーモンカット——この物語の主人公は、やや束になりかけている薄いブロンドの短髪に、自身が過去に経験した地獄と形容できる光景を今だに写しているかのような赤黒い目が特徴の、若干〇〇歳の男『ジャック・メギ』である。

 彼が経験した決して忘れられない、忘れるはずがない『地獄』とは、彼が幼少の頃に両親と弟妹を『とある犯罪組織の頭領』の手によって無力な己が目の前で殺害されたこと。その時、平穏というぬるま湯に浸かっていた自分が、溺れて焼かれ、己が両手で締めつけて死したことを覚えている。

 そんな、幼い自分の亡骸と、手刀で胸を貫かれて殺害された家族の死体が転がっている、今でも夢に出て、今でも涙が溢れて、目を背けたくなってしまうほどの地獄の経験が契機となり、生まれながらにジャックが持っていた特殊な才が『覚醒』を果たしたということを、彼は理解している。

 その特殊な才能とは、万人に一人——いや数十・数千万人に一人の選ばれた人間が持つ、まさに天賦の代物であった。


 その力とは『神来』と呼ばれる、神降しの異能——!!


 この『神来』なる非常に稀有な異能は、この世の上位存在に当たる『神』を、適正のある人の身に降ろし、降りてきた神が有している『神力』という特別な力を『神器』となった人間が手足のように自在に操る。人間の理を超越し、全てを圧倒してしまう力の発揮を可能にする超能力である。


 そして今、とある大陸にある、とある国、その国内の山間にて、神来の力を持つ、二人の神器の戦いの火蓋が、何物よりも激しく、熱く、確かに切られようとしていた……。 


「おいおい! いつまで追いかけてくる気ぃ? ショタな、お・チ・ビ・さ・ん。俺にそんな趣味はねえってぇの!」


 道化のように肩を竦めながら、掴み所のない軽い口調でそう言うのは、赤い髪に同色の目、髪色を同じ『べに』を唇に塗りつけている、やや女々しい感じのする男であった。


「…………テメエが死ぬまでだろ、クソカス」


 クネクネと身体をうねらせる柔男に刺々しい言葉を叩きつけるのは、身長が『百四十』にも満たない、年端も行かなそうな少年の風貌をしている『ジャック・メギ』である。どれだけ『軽薄な動き』を見せても、自分への警戒を微塵も怠らないジャックに、荒々しい視線を向けられている柔男は唇の両端を吊り上げて、両目が閉じる笑みを浮かべた。


「ヒャハ! 口が悪うござんすねぇ。なんだなんだ、覇道みたいな猛々しい噂を流す『スピードスター』は、悪口の神を降ろす神器だったのかい? ヤダァー、そんなのに負けて殺された連中って……豆腐メンタルって、コト!?」


 掴み所を見せない——その本性を表そうとしない柔男に、堪らずといった感じで、ジャックは「チッ」と舌を打った。そして、無意味に流れかねない時間を有効に活用するべく、自身の脳をフル回転させ、状況と次手への思考を開始する。


 何らかの『理を司る神』を既に自身に降ろしていた場合、今のこの時間は、絞首台の上に乗せられている自分の首を絞め落とす前の『カウントダウン』の最中の可能性がある。しかし、ジャックは見た目にそぐわないほどの『歴戦の戦闘経験』により、目前の男が『契約』している神が、攻撃系の力を有していないことを無意識にキャッチし、それを意識的に理解していた。だからこそ生じている思考の猶予。


 一旦、先ほど述べた『理を司る神』について説明をしておこう。俺が戦闘し、殺害してきた『神器』達は必ず神をその身に降ろして超常の『神力』を扱っていた。その中には炎を操る者もいれば、無機物を浮かせて攻撃してくる奴もいた。このことから、神力という超能力は『全てが統一されている能力』などではなく、まさに『十人十色』というべき、多種多様な力なのである。もちろん、ジャックが契約した神の力も、先の炎などとは全く違う系統のものだ。以下のことから『神器同士』の戦闘で、以前の神器同士の戦闘経験が物言うことは『ほとんどない』と言えてしまう。しかし、その『経験』が生きない——というわけでもない。既知の通じない超常の戦闘経験は、しっかりと血肉となり、己が体の内で生き永らえている。それで、経験者のジャックが敵の扱う『神力の系統』を言外に知覚できていたのだ。


 もしも、何らかの理を司る神を降ろし、既知の通じぬ超常の『神力』を操って戦う神器同士の戦いに、どれだけ鍛えようと所詮『人間』の範疇に収まっている一般人を巻き込んでしまえば、要らぬ被害が拡大することは明白。力の無い人々は戦場という名の『神々の舞台』の上を踊り狂い、無様に踏み潰されるように蹂躙されるのが目に見えている。だからこそ、人気のない場所まで神器以外は知覚できない神力特有の『圧』を掛けて、俺はコイツを追い詰めてきた。そう言う意思を剣のように鋭い殺意に満ちた視線に乗せて、目前で飄々としている神器——俺の『敵』が所属している、とある組織のメンバーの男を睨んだ。


「おー怖っ。てかさ、俺んとこのリーダーの『話』聞いてるっしょ? 逆らっても死ぬだけなのにさ、よう断るわぁ。何度も何度も君のことを殺してきた奴が言ってたでしょ? 俺が所属してる組織『ハーメルン』に入らないかってさ。どう? 俺のこと、こんな人気のない山奥まで追い詰めるくらい好きなら、うちに入るしかないっしょ? あ、でも、俺にはそんな少年趣味なんかねえけどさっ! ヒャハ!」

「…………ッッ!!」


 男が言った、とある組織、その名は『ハーメルン』!!


 この『ハーメルン』という組織は、世界中に存在している今だ芽の出ぬ『神器の素質』を持つ子供を、その子の親を殺してでも強引に攫い、自分達が持つ『思想』の赴くままに『洗脳と改造』を繰り返している超過激派犯罪組織だ。

 そんな『悪グソが煮詰まってる』ような組織に復讐を誓っている俺が、そんな誘いに乗るわけがない。

 それを理解しているにも関わらず、こいつは軽々しく言葉を吐き連ねる。

 こんな連中に洗脳され、意思持たぬ人形と形作られてしまった攫われた子供達の安否——それを心底気に掛けつつも、俺は『怨讐』を呼気に乗せて吐き出し、上半身を前傾させた。


「おいおい! ヤル気かよ『スピードスター』!! 俺には少年趣味はねえんだってぇのぉ!! やめてぇ! 殺しちゃいやぁん! あん! あんっ! ……ヒャハ!」


 戦闘の意を姿勢に表しているジャックを、喘いでいるような声を上げながら煽り倒してくる『クソピエロ』に対し、苛立ちと怒りが全開となったジャックは小さな額を青筋だらけにし『ピキピキッ』という音を肉体から鳴らし始める。それを至極『愉快』だというようにニヤけながら、樹木の太枝の上にいるジャックを地面の方から見上げるピエロに、ジャックは喉が痛みそうな低音を腹の底から這いずり出す。


「黙れ……糞虫が……ッッ。俺は、テメエをブチ殺すッ! そのためだけに——魂売ってんだよ……ッッッ!!」

 

 怨嗟に満ちた声調をしながら、自分を吊るしていた糸がプツリと切れてしまったかのような『超脱力』で膝を畳み、両の足に『無空』から発生した『黒の輝きを放つ粒子』を纏い出した。

 その明らかに人間が為せる業ではない——例の『神力』に違いない力をギョッとした顔で見たピエロは、仰々しい手振りで静止を促すよう演技のような声を上げた。


「ちょ、ちょいのちょいっ! ちょっと待ってってバァ! 俺の『自己紹介』がまだでしょうがぁ! 早漏はモテないんだよぉ? ゴホン。俺の名前は『リカイト・ババ』っていうんだ? 極東の父と西方の母を持つ『ハーフ』さ! あと、俺が属してる『ハーメルンのリーダー』は——」


 その次の言葉を、ハーメルンという犯罪組織の『リーダー』の名を耳に入れることをジャックは許容できなかった。その意思の表れとして、ジャックは地獄の溶岩を想起させるような『極熱の怒気』を身の回りに立ち上らせ、吠えた。


「黙れェエッッッ!! 次喋ったら即座に殺す……!!」


 あまりにも常軌を逸している怒り——それを意図せず目の当たりにした道化は『キョトン』とした間抜け顔を晒し、数秒の間を置いてかた『それはそれは、まんこっとに失礼しましたぁん』というように、謝罪の意思が微塵も籠っていない、至極ふざけている、道化と呼ぶに合う礼を取った。


「でもでもん、俺んとこのリーダーは目立ちかがりだから、ことあるごとに『会った人材には僕の名前を言って』って釘刺してくんだお? それでも聞いてくれない?」

「————死ねよォォォ、カスゥゥゥウッ…………!!」

「わお! マジで何も言ったらダメだった的な感じ!?」

 

 怒りと憎しみ、それが頂点に達して精神と肉体——その言葉を震わせてしまっているジャックは、膝を畳んでいる自身が足場にしている太枝から『走り出そう』としているかのように、両足から奇怪な音を鳴らしながら手を垂らす。

 そして、これから『超速の首狩り』が始まるということを、場に流れ出した莫大な殺意により否応なく認識させられたハーメルンに属する男、リカイト・ババは、即座に臨戦態勢を取らなければ首を刈り取られかねない危機的状況に冷や汗を湛えつつ、ハーメルンに属することなく頭角を表している『神器達』への組織勧誘により、いやいや発生してしまった幾つもの死線を乗り越えてきた『圧倒的戦闘経験』により獲得した『人外の冷静さ』を持って防衛行動に移った。


「————」


 スピードスター——その異名の通り『ジャック・メギ』が身に降ろした神から与えられた『神力』は、速さ特化の代物だ。ジャックが扱う力の『詳細』までは知らぬとしても、その速さだけは世界中に轟いてしまっている。それは、人里で横暴を尽くす神器を殺害したジャックが、一連の光景を見ていた一般人を口封じに殺害しなかった行動の結果である。

 本来ならば敵神器への『初見殺し』に繋がる『手の内』は誰であれ、極力隠しておく べきなのだが……ジャックはそうはしなかった。

 一般人を殺せないのか——と言われると、そうではないと答えられる。ジャックは神器でなくても人を殺せる。しかし、その殺害できる人物は『悪人』であればというところ。人を殺す覚悟をとうに決まっている。しかし、無辜なる人々を殺すほど、ジャックは腐っていない。


 誰でも殺すなど、ジャックが憎む『ハーメルン』と同類。


 そんな愚行極まったことを、ジャックが行うわけがない。だからこそ、自身の手の内を知られ、ある程度予測されているという現在へと至ってしまっているわけなのだが。だからどうした。力の上部だけを知っていたとしても、どうにもならない。それが、ジャックが得た『力』なのだから。


「——————グゥオオオオオオオオオオオオッッッ!!」


 夜闇の中で潜みながら、その丹念に牙を研ぎ続け、狩るための待ちの最中に暗闇に恐怖する獲物の姿を認めた『猛獣』かのような、けたたましい咆哮を打ち上げたジャックの両足——そこに纏われていた黒き粒子激しくが明滅する。殺意の高まりに呼応するかのような『神力の上昇』を認めた『リカイト・ババ』は好奇心に満ちたような表情を浮かべた後、何も存在しなかった『空』から獲物を引き出した。



《大剛槍・弁慶》! ——装備者に風にも負けず、雨にも負けない剛強さを与えるという、やや曰く付きの剛槍…………



「知ってるかい? これは俺の父親の故国、極東いた武器収集が趣味の武人が持っていた槍なんだぜ? 手に入れるのが超めんどくさくてさ……『源』って奴が」

「五月蝿え。どうせ『ジパングの付喪神』だろ? 御託は並べなくていい。テメエは遺言だけを吐いとけ……!!」

「ヒャハ! カックイイ! ああん、イキそうよん!」

「…………塵が」


 力の溜めは終わった。しかし、アイツのあの余裕は一体。あの槍に憑いている『神』の力による余裕か? いや、付喪神が扱える神力なんざ、たかが知れているって話を聞く。

 俺のことを『誘う』ように、手持ちの芸で街の衆目を引き、態とらしく後を追わせていたアイツが、俺の『速さ』の対策をしていないとは思えない。最初から俺への『勧誘』を意図していただろうハーメルンが、コイツを派遣した意味。そこに『何か』があるのは間違いない。が——ピエロの神力と謎槍の能力。そんなことすら些事にするくらい、速く、鋭く、敵を殺すだけ。たったそれだけの、至極簡単な作業。

 

「————殺す」 


 そう思考をまとめたジャックが行動に移った瞬間、ジャックが乗っていた樹木に大きな亀裂が走った。まるで雷が落ちてきたかのような一瞬に生じた亀裂。それにより発生した爆音を認めた『リカイト・ババ』が、驚いたようにピクリと眉尻を上げた——その時にはもう、ジャックが右手に持っていた『ナイフ』の刃先が敵の喉元に到達していた。


「————ッッッ!? うっひょーーーーーー!? はっええええええええええええええええええええええ!?」 

「————っっっ!?」

「こんなん、重ってえ槍が当たるわけねええでしょよォおおおおお!!」


 戦場で上がるには違和感しかない、道化の素っ頓狂な声。その馬鹿声の主である、ナイフを喉元に刺したはずなのに、血を噴かさず、ナイフの刺し傷すら存在しない喉を、痛みも感じていないくせに摩っている『無傷』なリカイトの姿に愕然とした眼差しを向けてしまったジャックは眉尻を吊り上げ、間髪入れずに突き進んできた槍の矛先を回避した。

 

「…………テメエ、今"透けた"な」


 リカイトの神力の能力——その的を得たジャックの発言を聞き、先ほどまで演技なのを隠さずに「痛え痛え!」と叫びながら痛がっていたリカイトは凄惨な笑みを浮かべた。


「ヒャハ! 当ったりぃ。そりゃそうだお、俺ったら危ない神器達用の『スカウトマン』なんだからさ。逃走と防御に全力を振るに決まってますやーん! てなわけで、俺は退散させてもらうよ〜ん! 君じゃ、この槍も無意味そうだしね! だって"目にも留まらぬ速さ"だったし。それでわかった、君の力の本質を。だから報告しに逃げます! じゃんねぇ! また会う時はベッドの上がいいかい!? ヒャッハァーーー!!」

  

 近寄り難い、気狂いの狂笑を空に打ち上げながら、自称スカウトマンの『リカイト・ババ』は身体を『透明』にし、その姿をくらませてしまった。何も存在しなくなった戦場に立ち尽くすジャックは、愕然としながら結果を見つめる。


 姿も見えないせいで奴を追うことも、通り透けていったせいで攻撃が自分の速攻が効かないということも、今の自分では絶対に奴を殺害できないという、絶望に満ちる無情な現実を血を流すほどに両拳を握りしめながら認めて——


「…………ッッッ!! クッソオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォッッッ!!」


 ただ、自身の無力を吠えた。そうして果てから這いずる夜闇の方へと歩みを進め——自身に足りない『力』を探す。


「アイツを殺せなきゃ、あの野郎を殺せねえ。なら、何かを、アイツらに届き得る『武器』を手に入れる……!!」



 この物語は、神来の力を有している、殺意に満ちる復讐鬼、超速の神器殺し『ジャック・メギ』が、己が愛する大切な家族をその手で殺害した張本人——謀略と罠の神を降ろした『アキラ・シンヤ』を殺害するまでの、少年の復讐譚である。

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