第2話
〝#自発ください〟
奈子の自撮り写真は男の家が多い。ローテーブルに灰皿、グレーと紺のクッション、スタバのタンブラーが色違いで二つ。奈子はスタバが好きで、ドリンクを掴んだ手元の写真もよく載せている。#セルフネイル
一度、裸に見える写真も載った。ギョロッとした瞳の印象が際立っている。艶やかな長い髪、中途半端に布団をかぶって、肩から腰が細い。へその横、腹の薄い膨らみに、痣が見えた。
〝これ昨日蹴られた。 #DV 〟
るるは保健室のベッドでそれを見つけて、SNSのフォームから通報した。何も起こらなかった。
〝#自撮り界隈 #ちょっとでも良いって思った人いいね〟
上級生たちが修学旅行へ消えた日の昼休み、るるはサエちゃんと喧嘩になった。
「伊東さん、毎日毎日保健室来て、こっそり携帯やって。バレてないとでも思ってたの⁉ 何のための高校生活なの、授業に出なさい‼」
るるは真っ赤になって「辛い」とか「お腹が痛い」とか訴えたけれど、サエちゃんは切り捨てた。慣れているのだ。挙句怒鳴った。
「あたしは、あんたの為に言っているのよ‼」
次の日から学校へ行くのを止めた。
欠席の連絡は、夜のうちに親のスマホアプリから入れて、最寄り駅の待合室の椅子にひたすら座る。ガラス越しの日光が、足元に温かい朝だった。ホームの内側には、コートを着たサラリーマンや学生が集まり、電車が来ては吸い込まれる。溜まっては流れる、溜まっては流れる。誰もホームから落ちない、線からも出ない。砂が流れていくみたい。
奈子と一緒に学校から帰ったあの日、クラスにたった一人味方ができたと思った。それだけで驚くほど楽になった。
SNSでは相変わらず、多くの人が奈子の心配をして、容姿を褒めている。奈子の写真は半裸が増え、るるはその度に通報をした。何でこんなことしてるんだろうと思った。
〝彼氏が、なぁは話題がコロコロ変わりすぎで病気とかゆうんです。私おかしいのかな〟
〝どしたん、話聞こうか?〟
電車が近づく警笛が耳に痛い。プアーーーーーーこの音に飛び込んでも、少しの間、砂が止まるだけ。太陽光の変化に時間の経過を感じた。
〝彼氏が優しくない、何もわかってくれない。都合が悪くなると帰れとか怒鳴るし、怒られると息が苦しいから辞めてってゆってんのに〟
〝その、彼氏は、良くない。悪人、です❕ 別れ、るです❕〟
奈子は四月頃に学校で、藤原詩乃としばらく仲が良かった。それで、詩乃が言い回った内容によると二人で恋の話になって、詩乃に『え、奈子の彼氏やばくない?』なんて笑われた時、奈子はもうヒステリーみたいに怒った。その後学校に来なくなった。るるからしたら何でそんなこと、みたいな原因でクラス唯一の友達が消えた。
〝私、彼を悪く言われるの一番嫌い。正雄さんに何がわかんのって言うか、お前に言われたくない〟
〝オレは、貴女の、為に、言って、いる❕〟
〝それ言われる私の気持ちとか何も考えてなくない? 何なん勝手にゆって決めつけて、それじゃ私の気持ちはどうなるの?〟
〝貴女は、バカ、考え、られない、人、バカ女❕ です。この、売女❕〟
〝つかお前さ自撮り界隈とかAV女優にばっかコメントして、珍しく私が相手してくれたからって調子乗ってんなよ、恥ずかしくないの? 何でお前に悪く言われなきゃなんないの、完全に意味わかんない〟
〝何を、言って、いる❓〟
るるはスマホを閉じた。立ち上がって、ちょうど電車が来たので乗り込む。結構空いていた。
椅子に座らずにドアに凭れて、頬を窓につける。吐く息で窓が、流れる景色と白ばんだ。古い建物の屋根、枯れた畑は色が抜けている。踏切の点滅、小型犬に引かれる背中の曲がった老人。
景色の流れが速い、高校へ近づいている。スマホで新宿のトー横を検索して、ここから二時間半も掛かるので諦めた。関連してニュース記事が出てくる。
〝少年少女の心の闇、性の乱れ、パパ活ホームレス女子の過激すぎる私生活‼〟
路上に座り込む女の写真付き、短いスカートから下着が見えそうだ。悲惨な報道のふりをして、娯楽みたいだし趣味が悪い。誰が読むんだろう。
奈子の写真は、必死に載せた言葉や毎日も、死にたいって気持ちも、誰かにとっては娯楽なんだろうか。崖に出る幽霊と一緒にされて笑われるような、刺激的な他人事。
〝誰かに罰を受けてほしい。間違えてしまった子供に、実は酷い目に遭って欲しい――〟それも、自分の知らないでだ。
ゴォと音を立てて電車がトンネルに入り、車窓が暗くなる。
いつもの駅から一つ乗り過ごして降りた。寂れた駅前は、駐輪場と一階にコンビニの入ったアパートがある。山の影が近い。
路地に入ると、寒々しく飲み屋が並んだ。ネオンは錆びついて薄暗く、人の気配は無い。
でもこのまま進んだら、国道沿いにラーメン屋もスタバも畑も高校も全部あって、その先にトンネルと、幽霊が出る崖がある。
大人になったら、辛い時どこまでなら行けるんだろう。SNSには何でもできそうな子供が溢れて、メディアの語る未来は暗い。時々枯葉を踏んで、乾いた音を鳴らす。道に座り込んでしまおうか考えては歩いた。
大通りの目線の先に遠く、緑のロゴが現れた。画面で繰り返し見た、自由の女神みたいな、二股の人魚。
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