秋の終わる静かな
なんようはぎぎょ
第1話
SNSに死にたいって書くと、男の人から沢山メッセージが来るらしい。「それって危なくないの⁉」 ってびっくりした伊東るるに、奈子はこう返事した。
「それってあなたの感想ですよね」
高校からの帰り道、バスに乗り損なって二人で歩いていた時だ。サトイモ畑が臭かった。空が西日で金色に煙って、黒く連なる山並みのシルエットが映える。途中で国道沿いのセブンに寄って、二人並んで辛くないチキンをモソモソ食べて。どんな子にもストレスってあるんだなって、るるは当たり前のことをその時考えた。
*
「ねぇ知ってる? うちの高校から駅と反対にずーっと行くと、トンネルあるでしょ。あそこ幽霊出るっぽい」
「トンネルを抜けてすぐの所で、山側の土手の方を見ちゃうと、上からセーラー服の女が転げ落ちて来る。女は大声で泣いてて、落ちる途中で凄いこっち見てきて、目が合うと癌になる」
「なんで癌?」
「さぁ」
「くだらなー」
透き通った朝、暖冬、十一月。
高校一年の伊東るるは、震える思いで登校した。小柄な猫背をいつもより丸め、新しいオータムチェック柄のマフラーを心の支えに、端のフリンジを握りしめて教室へ踏み込む。今日こそクラスメイトに、おはようと挨拶がしたい。教室内は既に騒がしい。
「でもこの辺で制服セーラーってうちだけだし。その幽霊モロにうちの生徒じゃね」
「卒業生とか?」
「卒業生、制服着ないから」
教室の後ろで、活発で華やかな男女が騒いでいる。声が大きい。授業中にも私語や、物の投げ合いをするグループで、外見が良く華やかだ。るるとは見るからに真逆の人種だった。
るるは化粧っ気もなくいやに幼く見える。無造作な黒髪に黒目は小さく、いつもびっくりしたような顔をしていた。
「じゃあ在校生? 誰死んだん」
「溝口奈子」
「しーっ」
どっと笑いが起こる。るるは心臓が跳ねた。息を詰めて、音を立てずに席に着く。
「え、溝口まじで死んだ?」
「中退じゃないの? 誰か先生に聞いてないの」
「ちょっと前だけど私、見ちゃいけないもの見ちゃった。体育前の着替えの時に溝口が近くいて、それで腋毛がこう……」
「やめて汚いやめて‼ ……あれ? 伊東、おはよ伊東!」
るるは小さく悲鳴を上げた。女の声に名前を呼ばれた。
「えっと……おはよう、ございます。ぇ、藤原さん……?」
恐る恐る振り返ると、後ろの集団がるるを見ていた。
藤原
「ね。伊東のそのマフラー、私とお揃い」
詩乃は声まで可愛らしく甘い。教室内がしんとする。誰か男の声が「うける」と言って、話は終わった。
「つか中学ん時から思うけど、二学期って長すぎるくない?」
「欧米って秋休みあるんでしょ」
「出た、欧米!」
るるはマフラーを手早く外して、通学用のリュックに押し込む、手が震えた。人の話し声が耳に痛い。ここにいたことを後悔した。
「詩乃ってさ、四月ちょっと溝口と仲良かったよね」
「ちょっとやめて本当やめてそれ、黒歴史だから、最悪だったんだから!」
奈子は二学期から、一度も学校に来ていない。
二時限目は体育で、るるは保健室へ逃げた。制服のままクリーム色のカーテンに囲われて、ベッドに潜ってYoutube動画を字幕で流し見る。
『高校生のうちにやっておきたい事ランキング、第十位は!』
壁時計から、秒針の音が響いている。ほぼ何もしてないのに倦怠感で潰れそう。消毒液の臭いで噎せそうだ。SNSに切り替えて、習慣で奈子のページを開いた。
写真が多く目に鮮やかだ。自撮り写真の
変な男の自分語りの長文コメントも目立つ。奈子は全てに丁寧な返信をしていた。
〝心配してくれてありがとう! お気遣いありがとうございます。会いたいって私にですか? 嘘でも嬉しい!〟
あるコメントには老人の自撮り写真が付いていた。
〝大丈夫、です、か? オレ、が、貴女の、話を、聞き、いて、支えて、あげます❕❕〟
白髪がヘロヘロの男だ、老け込んだ顔で虚空を睨んでいる。背景は汚い和室、無表情に締まりがなく、何故か上半身が裸で肋骨が浮いている。ピントの合わない両目が、顔からそれだけ浮き出るように黒々と、引き込まれそうに目元に力が無い。
〝正雄さんは優しいですね。いつも私のこと心配してくれて、コメントもありがとう〟
承認欲求って言葉がいつでも身近にある。この単語にハッピーな文脈は無い。SNSに絡む〝承認〟のイメージは、派手な女の子が高い所から転げ落ちるようなそれだ。
それでもネットに無数に転がる〝死にたい〟この言葉はきっと、身を切るほどの真実なのに。
ウトウトしていると、養護教諭のサエちゃんに起こされた。白衣を着た中年の不美人で、貫禄がある。
「伊東さん、昼休みのチャイムが鳴ったよ、一度退室しなさい。もし無理なら早退するか、これから病院行くか担任の先生と話しなさい」
「教室戻るくらいなら……し、死にたいんですけど」
挑むつもりで言ってみる、小さな声が出た。サエちゃんは怯まない、慣れているのだ。
「高校生なんてね、程度の差こそあれ、誰でも少しは死にたいもんだよ。はいこれ、持って行きなさい。」
小さいサイズのプリントを渡される。白黒印刷でLINEのQRコードが載っている。
「体調が悪い時はいつでも保健室に来なさい。クラスにイジメでもあるの?」
「イジメは……無いです」
下校時刻にはもう外が暗かった。疲労で全身が重く、フラフラしながら校門を出る。
スクールバス乗り場では、生徒たちがコロニーを作って騒いでいて、暗い塀の影に隠れる。どこにいっても、自分の居場所に違和感がある。
誰も見ていないのを確認して、カードを取り出しサエちゃんに友達申請を送った。意外と心配してくれていたのかもしれない? でもサエちゃんと何を話すんだろう。
〝友達追加ありがとうございます、K高等学校・保健室の公式LINEです。季節の体調管理のポイントなど配信中。次回のお便りをお待ちください――〟
バス乗り場で誰かが叫んだ。るるは瞬く。確かにイジメは無いし、心配いらないし? 現実なんて全然、大人が考えるほど劇的じゃない。ただ誰も、るるに興味が無いだけだ。
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