第2話 帰って退部届書こ

「わかりました。わかりましたよ!そこまで言うなら何もしません!ああ、もうそんなに引っ張ると壊れますよ!」

「そ、それならいいですけど……」

 俺は、先輩にカメラを渡しつつ、胸の奥でほんの少しだけホッとした。


 カメラを受け取った先輩は、顔をしかめて眉間に深いシワを刻み不機嫌そうに声を大にして言う。


「もう帰ります!」

 肩を落として校舎の方へとトボトボ歩き出した。ホッとした安心感はシャボン玉のように、膨らむ間もなく弾け飛んだ。……怒りでな。


 まじであの人、いつか捕まるんじゃねえの?


「帰って退部届書こ。絶対今後よからぬことに巻き込まれるわ」

 そう確信した俺は、ひとまずこの場から逃げるべく先輩と逆方向へ一歩足を踏み出す。

 その瞬間、急に後ろから足音が聞こえてきた。


「なんだなんだ……」

 何かが急接近してくる気配に、俺はピクリと反応し、振り返ると――そこにはさっきの険しい表情のまま戻ってきた先輩が再び立っていた。


 なんだよ、また撮りたいとか言うんじゃねえだろうな。


「雪弥くん、手紙落ちてたましたよ」

 あっさりした口調で彼がそう言うと、俺に手紙を押しつけてきた。俺は困惑しつつも、手紙を受け取る。


「人気者になれるように頑張りなさい」

 ……なんのことだ?俺は軽く首をかしげた。


 ていうか、その言い方から察するに絶対中身見ただろ。人宛ての手紙を勝手に開けるとか、これも犯罪じゃねえか。

 だが、ここでキレるのも大人気ない……そう、自分に言い聞かせ、俺は深く息を吸い込む。


「あ、どうも」

 限りなく低いテンションで礼だけを返し、手紙を握りしめた。

 クシャっとなるほど握ってしまったのは言わずもがなである。いかん、いかん沈まれ俺の右腕!


 先輩は満足したのか、無言で踵を返すと、今度こそ校舎の方へと去っていった。


「絶対に辞めてやる、この部活……」

 彼の足音が遠ざかるにつれて、俺はふぅっと息を吐き出す。

 ……で、これは誰からだ?モレ・ソウデスからとか?それは俺の肛門状況か。


「ん?」

 お尻をもぞもぞしながら封筒を見ると送り主は親父だった。

 親父からかあ、あんまり開きたくねえな。面倒くさそうなこと書いてそうだからこのまま捨てたいが、大事なことだったら面倒だしな。


「まあ、次の授業まで時間あるし……読むか」

 手紙を開く手がやや重くなるのを感じつつ開くと、目に飛び込んできたのは命令書らしきものだった。手書きのぶっとい達筆な文字に、圧迫感すら感じる。


『雪弥へ!俺の会社を継ぎたければ、高校で圧倒的な人気者になれ!そしたら継がせてやる。もちろん勉学にも励め!高校ではこの条件をクリアしろ!いいな?』

 手紙を開くとき、心のどこかで「ああ、また厄介なことが書かれているんだろうな」とうっすら感じていたが、いざ読み進めると、その内容は嬉しい報告と厄介な指示が渾然一体となった親父らしい手紙だった。


 というかメールでも充分なレベルの文字数だな。相変わらず変に堅い?というか変わっているところがある。


 この手紙の送り主である親父はオーナー企業ながらもデカい規模を誇る会社を経営している。


 ちなみにちんこもデカい。初めて風呂場で見たときは「惑星みたいなちんこしてんじゃん」と思わず口に出たほどだ。


 俺のトラウマの一つとして、しっかり刻まれている。


 ……まあ、下の話はどうでもいい。


 重要なのは会社が継げるってことだ。療養中に見ていたウルフ・オブ・ウォールストリートやマクドナルド創業者の映画で俺はこの手のものに興味が湧いていた。


 手紙にある会社を継ぐって話を、俺は正直嬉しいと思っている……が、しかし、この手紙から滲み出る圧倒的という言葉が気になる。


 この手紙の中でやたらと大きな文字で強調されてる。


 圧倒的か……クラスの人気者だけじゃダメってことなのか?


 全校生徒に知られて、男女問わず慕われて、さらにはモテる存在にならないといけないのか?なんにせよ、圧がすごい。


 手紙を折りたたみながら、俺は無意識に拳を握りしめていた。よし!


「トイレ行こ!」

 よし!明日から頑張ろう!の前に俺はトイレ行きたい欲求の方が勝る。まずいっ、俺の肛門括約筋は既にもう限界の悲鳴をあげてい――


「あっ♡」


 ◆◇◆◇


 翌朝、目が覚めると天井をじっと見つめたまま、昨日の決意とは裏腹に何とも言えない不安が胸の奥でざわついていた。


「人気者……か」と思わず呟いてしまう。それを自分で聞いて思わず気持ち悪すぎてにやける。


 ……こんなん呟くの世界で俺ぐらいだろ。


 布団から体を起こし、少し重たい体を引きずるようにして制服に腕を通す。


 それにしても、昨日は本当に洩れそうだった。あれが漏れていたら今から履く制服のズボンはごみ箱に葬っていた。


 シャツのボタンを一つ一つ留めながら、考えがまとまらない焦りが募っていく。


  というのも入学して、二ヶ月半ば過ぎだ程度の高校生活の序盤も序盤だというのに、俺はスタートダッシュを完全にミスっているからだ。教室で最初に感じた空気、あの緊張感が思い出すと西野カナ並みにブルブル震えそうだ。


 あの時は他人と話すことが不安で、口が思うように動かず言葉がつっかえて、ぎこちない沈黙が何度も訪れた。


 まあ、ちなみに今でもつっかえるんですけどね……。人間そう簡単に変わらないものだ。

 気がつくと俺は無口なキャラというレッテルが貼られてしまい、この二、三か月で教室の隅で静かに過ごす毎日を送っている。


 そんな憂鬱な気持ちで自転車を漕ぎいつの間にか学校に到着した。教室に向か席に座る。


「一番乗りか……」

 席について一息ついても未だに眉間にしわが寄る。もし、もっと早く親父が会社を継ぐ条件について話をしてくれていたなら、こんな状況に陥る前に何か手を打てたはずなのに、多分……。


 写真部の先輩のおかげで最近そこそこ話せるようになったが、教室内では無口キャラのレッテルは今もなお張られており、コミュニティはすでに出来上がっている。


「くそ……」

 胸の内で唇を噛み、頭の中でグルグルと考えていたらしい、ふと周囲のざわめきに気づく。


 一番早く教室についたが、いつの間にいっぱい人がいた。


 俺の所属するとA組は普通科の仲では学力が一番高いクラスだが、なぜかお猿さんみたいに騒がしいクラスでもある。


 ……今日はいつもよりざわついているな。

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